2017/06/15

字典「㠯(以)」

「㠯」

釋義

甲骨文

殷代における「㠯(以)」字の用法は広いが、おおむね現在と同様の意味である。
  1. 動:もちいる。 ひきいる。
    前:もって。~によって。~をひきいて。
    《合集》31977;歷二
    ①辛亥,貞: [⿱匕鬯]㠯(以)衆灷,受又(佑)?
    《合集》35356;黄二
    ②乙丑卜,貞:王其又升于文武帝裸,其㠯(以)羌,其五人正,王受又〓(有佑)?
  2. 動:もたらす。もってくる。献上する。
    《合集》33191;歷二
    ①癸亥,貞:厃方㠯(以)牛,其登于來甲申?
    《合集》93正;賓一
    ②己丑卜,㱿貞:即芻,其五百隹,六?
  3. 動:祭祀名。 
  4. 《合集》32848;歷二
    ①辛巳,貞:㠯(以)伊示?
    《合集》32543;歷二
    ②庚寅,貞:王米于囧㠯(以)祖乙。
  5. 接:および。並びに。
    《合集》21562;子組
    ①庚辰,令彖隹來豕㠯(以)龜二,若令?
    《合集》33278;歷二
    ②辛酉,貞:王令○㠯(以)子方奠于并。

金文

金文における「㠯(以)」字の用法はとても広く、分類の難しい用例もある。
  1. 動:ひきいる。引き連れる。
    小子[⿱夆囧]卣,《銘圖》13326;商晩
    ①子令小子[⿱夆囧]㠯(以)人于堇。
    小臣𬣆簋,《銘圖》05269-05270;周早
    ②白(伯)懋父㠯(以)殷八𠂤(師)征東尸(夷)。
    師訇簋,《銘圖》05402;周晩
    ③率㠯(以)乃友干(捍)䓊(禦)王身。
  2. 前:もって。~で。~によって。
    鼓䍙簋,《銘圖》04988;周早
    ①王令東宮追㠯(以)六𠂤(師)之年。
    衛姒鬲,《銘圖》02802;周晩
    ②衛㚶(姒)乍(作)鬲,㠯(以)從永征。
    曾伯漆簠,《銘圖》05980;春早
    ③余用自乍(作)[⿺辶旅](旅)𠤳(簠), 㠯(以)㠯(以)行,用盛稻粱。
  3. 前:もって。~によって。~にもとづいて。「是以」
    虢季子白盤,《銘圖》14538;周晩
    ①折首五百,執訊五十,是㠯(以)先行。
    中山王鼎,《銘圖》02517;戰中
    ②氏(是)㠯(以)賜之氒(厥)命。
  4. 前:もって。~をひきいて。ともに。=與
    麥尊,《銘圖》11820;周早
    ①王㠯(以)𥎦(侯)内(入)于𡨦(寢)。
    虢仲盨蓋,《銘圖》05623;周晩
    ②虢中(仲)㠯(以)王南征,伐南淮尸(夷)。
    食仲走父盨,《銘圖》05616;周晩
    ③走父㠯(以)其子〓孫〓寶用。
  5. 前:もって。~を。~に対して。
    師旂鼎,《銘圖》02462;周中
    ①吏(使)氒(厥)友引㠯(以)告于白(伯)懋父。
    曶鼎,《銘圖》02515;周中
    㠯(以)匡季告東宮。
    𠑇匜,《銘圖》15004;周中
    ③乃師或㠯(以)女(汝)告。
  6. 接:もって。そして。それで。
    善夫山鼎,《銘圖》02490;周晩
    ①受册,佩㠯(以)出。
    晋侯蘇鐘,《銘圖》15307-15308;周晩
    ②𩵦(蘇)𢱭(拜)𩒨(稽)首,受駒㠯(以)出。
    中山王鼎,《銘圖》02517;戰中
    ③含(今)𫊣(吾)老賈,親率曑(三)軍之眾,㠯(以)征不宜(義)之邦。
  7. 接:および。並びに。=與
    夨令尊,《銘圖》11821;周早
    ①爽𬢚(左)右于乃寮㠯(以)乃友事。
    大克鼎,《銘圖》02513;周中
    ②田于[⿰⿱田山夋](峻),㠯(以)氒(厥)臣妾。
    大簋蓋,《銘圖》05345;周晩
    ③余弗敢𫿣(吝), 豖㠯(以)𬑪(睽)[⿰舟頁](履)大易(錫)里。
  8. 助:場所や時間の範囲を示す。のみ。
    散氏盤,《銘圖》14542;周晩
    ①眉(堳)自𬉄(瀗)涉㠯(以)南,至于大沽(湖)。
    新郪虎符,《銘圖》19176;戰晩
    ②用兵五十人㠯(以)上,[必]會王符。

楚簡

用例が多く、用法も広い。代表的なものを示す。
  1. 前:もって。~で。~によって。
    包山《集箸言》144
    ①小人信㠯(以)刀自㦹(傷)。
    郭店《老子甲》3
    ②其才(在)民上也,㠯(以)言下之。
    清華貳《繋年》第十一章59
    㠯(以)女子與兵車百𨌤(乘)。
  2. 前:もって。~によって。から。
    包山《疋獄》99
    㠯(以)亓(其)反(叛)官,自䜴(屬)於新大[⿸厂⿰飠攵](廐)之古(故)。
    上博七《鄭子家喪》甲本6
    㠯(以)子家之古(故)。
    清華貳《繋年》第十八章103
    ③至今齊人㠯(以)不服于晉。
  3. 前:もって。~のときに。時間を表す。
    包山《疋獄》90
    㠯(以)甘𠤳(固)之𫻴(歲)。
    包山《集箸言》132
    㠯(以)宋客盛公[⿰畀臱](邊)之𫻴(歲)[⿰⿱井田刃](荆)𫵖(夷)之月癸巳之日。
    包山《集箸言》145反
    㠯(以)八月甲戌之日。
  4. 前:もって。~をひきいて。ともに。=與
    包山《集箸》2
    ①魯昜(陽)公㠯(以)楚帀(師)𨒥(後)𩫨(城)奠(鄭)之𫻴(歲)。
    上博四《昭王毀室》5
    ②卒㠯(以)夫〓(大夫)㱃〓(飲酒)於坪澫。
    清華貳《繋年》第十九章106
    ③吴縵(洩)用(庸)㠯(以)帀(師)逆[⿰㣇阝](蔡)卲(昭)侯。
  5. 前:もって。~を。~に対して。
    包山《集箸》159
    ①罼(畢)紳命㠯(以)[⿰𪰊頁](夏)[⿺辶各](路)史、[⿺辶舟]史爲告於少帀(師)。
    上博二《容成氏》10
    ②堯㠯(以)天下襄(讓)於臤(賢)者。
    清華貳《繋年》第六章35
    ③秦穆公㠯(以)亓(其)子妻之。
  6. 接:もって。そして。それで。
    包山《受幾》22
    ①不諓(察)[⿱陳土](陳)宔(主)[⿰角隼](顀)之[⿰昜刂](傷)之古(故)㠯(以)告。
    上博六《莊王既成》1
    㠯(以)昏酖(沈)尹子桱。
    清華貳《繋年》第十六章90
    ③厲公亦見𧜓(禍)㠯(以)死,亡𨒥(後)。
  7. 接:もって。~ので。~のために。
    包山《疋獄》93
    ①𨛡(宛)人𨊠(範)紳訟𨊠(範)駁,㠯(以)亓(其)敓亓(其)𨒥(後)。
    清華壹《金縢》12
    ②今皇天[⿺辶童](動)畏(威),㠯(以)章公惪(德)。
    清華貳《繋年》第十三章63
    ③楚人被[⿱加車](駕)㠯(以)追之。
  8. 助:場所や時間の範囲を示す。のみ。
    上博二《容成氏》27
    ①㙑(禹)乃從灘(漢)㠯(以)南爲名浴(谷)五百。
    上博六《競公瘧》10
    ②自古(姑)、𧈡(尤)㠯(以)西,翏(聊)、𡥨(攝)㠯(以)東

釋形

人が物を持っている形。「携える」「持ってくる」の意味を表している。
殷村南派や周代には右部を省略した略体が用いられ、これが楷書の「㠯」の起源となっている。戦国時代秦国では略体に再び「人」を加えた字体が作られ、これが楷書の「以」の起源となっている。

古くは甲骨文の繁体について「氏(致)」「氐」字と釈す説が主流であった。また「㠯」の起源となった字体は「耜」の初文で農具の象形と考えられていた(徐中舒)。しかし、《合集》277と《合集》32023の対比などにより、「氏」「氐」と考えられていた字体と「㠯」とが繁簡関係にある同一字種であると指摘され、上記の旧説が否定された(島邦男、王貴民、林澐、裘錫圭等)。

釋詞

「㠯」声字は「台」声字や「矣」声字などを含み非常に数が多い。「能」声字を同源とする説もある。


2017/06/03

字典「𦣞(𦣝)」

「𦣞」

釋義

金文

用例は少なく、固有名詞にしか用いられていない
  1. 名:人名。族名。
    𦣞觚,《銘圖》09037;商晩
    𦣞
    鑄子叔黑𦣞盨,《銘圖》05607-05608;春早
    ②鑄子弔(叔)黑𦣞肈乍(作)寶盨。
  2. 名:姓。=姬
    魯伯愈父盤,《銘圖》14448;周晩
    ①魯白(伯)愈父乍(作)鼄(邾)𦣞(姬)仁𦨶(媵)𬐿(沬)盤。
    黄子鬲,《銘圖》02844;春早
    ②黄子乍(作)黄甫(夫)人孟𦣞(姬)器則。

楚簡

用例は「頤」が《周易》に用いられているのみ。
  1. 名:卦の一つ。
    上博三《周易・頤》24
    ①䷚:貞吉。觀,自求口實。

秦簡

用例は「頤」が日書・黄鐘》に用いられているのみ。
  1. 名:あご。おとがい。下あご。
    放馬灘《日書》乙種《黄鐘》206
    ①兑(鋭)顔,兑(鋭)頤,赤黑,免(俛)僂,善病心、腸。

釋形

「䇫」の初文で、梳き櫛の象形(于省吾)。
なお、殷墟甲骨文に「𦣞」の用例はないが、これを偏旁として含む「姬」字が見られる。後代の出土文字資料も同様に「𦣞」の用例は少ない一方で「姬」は多く見られる。郭沫若は顎の象形、白川静は乳房の象形とするが、いずれも金文の字形からの誤釈と考えられる。
《説文》では「𦣞」が「頤」の初文とされているため、習慣的に「𦣞」「頤」を同一字種として扱うことがある。「頤」は隷書楷書ではさまざまな字形が見られる。「顊」は《康煕字典》では「頤」とは別字種として扱われている。

釋詞

「巸」声字と「喜」声字は音義とも近く、同源と考えられる。

  • 《説文》五篇上《喜部》「喜,樂也。」(96下)
  • 《方言》卷十「紛怡,喜也。湘潭之間曰紛怡,或曰巸巳。」
  • 《尚書・堯典》「庶績咸熙。」、《文選・劇秦美新》「庶績咸喜。」
  • 《説文》十二篇下《女部》「媐,說樂也。」(262下)
  • 《玉篇》卷二十一《火部》「熹,熱也,烝也,炙也,熾也。亦作“熈、暿”。」(390)

2017/06/01

字典「負」

「負」

釋義

金文

金文の「負」字は戦国晩期の兵器に一例あるのみである。
  1. 「負陽」:地名。
    負陽令戈,《銘圖》17199;戰晩
    ①十二年,負陽命(令)□雩,工帀(師)樂休,冶□。
また負黍令韓譙戈(《銘圖》17178-17180)は地名「負黍」を「[⿱付臣]余」とする。

楚簡

楚簡に「負」字は用いられていない。
上博三《周易・睽》33「見豕[⿱伓貝](負)𡌆(塗)」、同《周易・解》37「[⿱伓貝](負)𠭯(且)𨍱(乘)。」、今本《周易》が「負」とするところを上博簡は「⿱伓貝」に作る。

秦簡

法律文書では「負う」「償う」の用例が多く見られる。
  1. 動:おう。背負う。背中に物を載せる。
    睡虎地《秦律雜抄》11
    ①吏自佐、史以上從馬、守書私卒,令市取錢焉,皆䙴(遷)。
    嶽麓貳《數・衰分類算題》137
    ②一人米十斗,一人粟十斗,食十斗。
  2. 動:おう。責任、債務をもつ。
    睡虎地《秦律十八種・司空》136
    ①作務及賈而責(債)者,不得代。
    嶽麓壹《占夢書》9貳
    ②夫妻相反者,妻若夫必有死者。
  3. 動:つぐなう。賠償する。
    睡虎地《秦律十八種・倉律》23
    ①其不備,出者之;其贏者,入之。
    睡虎地《秦律十八種・效》174
    ②羣它物當賞(償)而僞出之以彼賞(償)。
  4. 名:つま。=婦
    睡虎地11號木牘反Ⅵ
    ①驚多問新負(婦)、妴得毋恙也?
    睡虎地6號木牘正Ⅴ
    ②驚多問新負(婦)、妴皆得毋恙也?
  5. 名:えびら。矢筒。=箙
    嶽麓貳《數・衰分類算題》132
    ①卒百人,戟十、弩五、三,問得各幾可(何)?
    嶽麓貳《數・衰分類算題》133
    ②述(術)曰:同戟、弩、數,以爲法。

釋形

「人」と「貝」に従う。戦国晩期以前には見られない。「府」の戦国時代に見られる異体字には「𢊾」「⿱付貝」「⿸广負」等があり、「負」は「⿱付貝(府)」から分化した字と思われる(黄德寬)。
南北朝~唐代には説文小篆を楷書化したものとして上部を「刀」とした字体が用いられたが、《五經文字》には「負」が採用された。

釋詞

「負」「背」「倍」は音義とも近く通仮例があり、同源である。
  • 《釋名・釋姿容》「負,背也,置項背也。」
  • 《史記・酈生陸賈列傳》「項王負約不與。」,《漢書・酈陸朱劉叔孫傳》「項王背約不與。」
  • 《釋名・釋形體》「背,倍也,在後稱也。」
  • 馬王堆《老子》甲本《道篇》126「民利百負。」、同乙本233下「民利百倍。」
否定の意志→「そむく」→「負う」という語義展開が考えられる。

2017/05/28

字典「某」

「某」

釋義

金文

用例が少ないが、全て「謀」の意味に用いられる。
諫簋と笰傳盉について「無」あるいは「」と読み否定の意味とする説もある(郭沫若、楊樹達、裘錫圭)。
  1. 動:はかる。くわだてる。計画する。=謀
    禽簋,《銘圖》04984;周早
    ①王伐𬃚(蓋)𥎦(侯),周公某(謀),禽𬒯(祝)。
    諫簋,《銘圖》05336;周中
    ②女(汝)某(謀)不又(有)聞(昏),母(毋)敢不譱(善)。
    笰傳盉,《銘圖》14795;周中
    ③余某(謀)弗[⿱爯又](稱)公命。

楚簡

楚簡では人名の用例が多い。また遣策簡には「梅」の用法が見える。
  1. 代:なにがし。それがし。ある人。
    九店《告武夷》43
    ①含(今)日𨟻(將)欲飤(食),敢㠯(以)亓(其)妻□妻女(汝)。
    清華壹《祝辭》1
    ②句茲也發陽(揚)。
  2. 名:うめ。=梅
    信陽《遣策》21
    ①一垪(瓶)某(梅)𨟻(醬)。
    包山《遣策》255
    ②[⿳宀⿰必必甘](蜜)某(梅)一[⿰缶土](缶)。
  3. 名:姓。=梅
    曾侯乙《乘馬》143
    ①某[⿳艸二艸]之黄爲右[⿰馬𤰇](服)。
    包山《集箸》13
    ②某(梅)瘽才(在)漾陵之厽(三)鉩(璽),[⿵門⿰夕刀](間)御之典匱。
    包山《所屬》193
    訓。
  4. 名:地名。
    葛陵甲三367
    ①某丘一冢。
    葛陵甲三403
    ②[⿰既刂](刏)於𬏄丘、某丘二〼。

釋形

「甘/口」と「木」に従う。《説文》六篇上《木部》「某,酸果也。」段注「此是今梅子正字。」とあり、「楳(梅)」の初文。
先秦文字では「甘」旁と「口」旁はしばしば区別されない。先秦文字の字形は「呆/杲/𣏼/某」形の4種に分けられるが、漢代以降は「某」形が残った(ただし説文小篆は「杲」形)。漢~南北朝代は縦画が上部まで伸びた形が常用されたが、唐代には「其」の下部を「小」に換えたような字体が一般的となった。《康煕字典》は説文小篆を模倣した字体を掲出する。
「牟」の略体「厶」を借りる用法が特に仏教系の写本には多く見られる。

釋詞

「某」と「母」は同音である(《廣韻》莫厚切)。また「某」声と「母/毎」声は互いに通用し、両字は同源と考えられる。

  • 《集韻》平聲《灰韻》謀杯切「梅,或作“楳、某、槑”。」(231)
  • 《説文》三篇下《言部》「謀,慮難曰謀。𠰔,古文謀。𧦥,亦古文。」(46下)
  • 《禮記・中庸》「人道敏政,地道敏樹。」鄭玄注「敏或爲謀。」

張建銘は以下の諸字を同源とし「始まり、兆し」の意味があるとする。
  • 腜,《説文》四篇下《肉部》「婦孕始兆也。」(81下)
  • 媒,《説文》十二篇下《女部》「謀也。謀合二姓者也。」(259下)
  • 謀,《説文》三篇下《言部》「慮難曰謀。」(46下)

2017/05/26

字典「不」

「不」

釋義

甲骨文

「亡」「勿」「弗」などとともに否定詞として用いられる。特に「弗」と用法が近いが、自動詞や「雨」「風」などの天候動詞に対しては「不」が用いられる。また可能性を否定するニュアンスがあり、「~できない」「~ではない」のような意味のときは「不」が用いられやすい。
  1. 副:ず、あらず。否定詞。
    ①甲戌卜:今日雨,雨?
    《屯南》82

    ②丙子卜,韋貞:我其受年?
    《合集》5611正
  2. 助:…か、いなや。疑問語気詞。文末に置かれる。=否
    ①乙□卜,[⿻大匚]:㞢(侑)妣己二羊二豕
    《合集》19883

    ②乙巳卜:今日方其至
    《合集》20410
  3. 名:人名。賓組卜辞に現れる。
    ①貞:子其㞢(有)疾?
    《合集》14007

    ②□寅卜,韋貞:御子
    《合補》1966
  4. 名:方国名。=邳?
    ①庚申卜,王貞:余伐
    《合集》6834正

    ②……三人于中,宜𫳅?
    《合集》1064
  5. 「不用」:用辞の一つ。その占卜が用いられなかったことを表す。
    ①辛酉貞:癸亥又(侑)父丁歲五牢?不用
    《合集》32665
  6. 「不若」:よくない。よくないこと。災い。
    ①甲申卜,争貞:王㞢(有)不若
    《合集》891正

    ②……我勿巳賓,乍帝降不若
    《合集》6497
  7. 「不[⿱幺才]鼄」:兆辞の一つ。意味はわかっていない。

金文

甲骨文同様、否定詞としての用法が多く見られる。決まり文句の多い金文では「不○」といった成語化した詞も多い。
  1. 副:ず、あらず。否定詞。
    ①十枻(世)[⿰𦣠言](忘)。
    獻簋,《銘圖》05221

    ②師㝨虔㒸(墜)。
    師㝨簋,《銘圖》05366-05367

    ③叀(唯)王龏(恭)德谷(裕)天,順(訓)我每(敏)。
    何尊,《銘圖》11819

    井(型)中……毋敢井(型)。
    牧簋,《銘圖》05403
  2. 助:…か、いなや。疑問語気詞。文末に置かれる。=否
    ①女(汝)𧵒(賈)田不(否)
    五祀衛鼎,《銘圖》02497
  3. 形:大きい,「不顯」「不𫠭」。=丕
    不(丕)巩(鞏)先王配命。
    毛公鼎,《銘圖》02518

    不(丕)顯考文王。
    天亡簋,《銘圖》05303

    ③對揚天子不(丕)𫠭(丕)魯休。
    師𡘇父鼎,《銘圖》02476
  4. 名:人名,「子不」。人名用字,「不壽」「不𡢁」。
  5. 名:国名。=邳
    ①不(邳)白(伯)夏子自乍(作)𬯚(尊)罍。
    邳伯夏子缶,《銘圖》14089-14090
  6. 「不廷」「不廷方」:朝廷に出ない国。=不庭
    ①𨨋(鎮)静(靖)不廷
    秦公簋,《銘圖》05370

    ②率褱(懷)不廷方
    毛公鼎,《銘圖》02518

楚簡

否定詞と「大いに」の用法がほとんどである。
上博四《曹沫之陣》64「𫊟(吾)言氏不。」の解釈は一定しない。上博三《周易・蹇》35「九五:大訐(蹇)不(朋)棶(來)。」、今本は「大蹇朋來」に作り、解釈は一定しない。
  1. 副:ず、あらず。否定詞。
    憖。
    包山《集箸言》15反

    ②民從上之命。
    郭店《成之聞之》2

    ③曷今東恙(祥)不章(彰)?
    清華壹《尹至》3
  2. 形:大きい。大いに。=丕
    ①《君奭》曰:“唯髟(冒)不(丕)單爯(稱)惪(德)。”
    郭店《成之聞之》22

    ②《
    上博一《孔子詩論》6
    剌(烈)文》曰:“乍{亡}競隹(維)人,不(丕)㬎(顯)隹(維)惪(德)。”
    ③遠土不(丕)承。
    清華壹《皇門》6

釋形

《詩經・小雅・常棣》「常棣之華,鄂不韡韡。」鄭玄箋「承華者曰鄂,不當作柎。柎,鄂足也。古聲不、柎同也。」より、「柎」の初文で、花萼の象形とする説が定説となっている(羅振玉、王国維、郭沫若、徐中舒)。
また、「茇」の初文で、根の象形とする説がある(趙誠、于省吾、姚孝遂、陳世輝、何琳儀)。

釋詞

王力は否定詞「不」「否」「弗」を同源詞とする。

張建銘、殷寄明などは以下の諸字を同源とする。「不」には否定詞を除くと「大きい」の義があり、今「丕」声字が多くこれをうけつぐ。
  • 丕,《説文》一篇上《一部》「大也。」(1上)
  • 伾,《説文》八篇上《人部》「有力也。」(160下)
  • 魾,《説文》十一篇下《魚部》「大鱯也。」(243下)
「咅」声字には「増加する」義と「破れる」義が見られる。
  • 倍,《集韻》去聲《隊韻》補妹切「加也。」(531)
  • 培,《廣韻》平聲《灰韻》薄回切「益也。」(98)
  • 陪,《玉篇》卷二十二《阜部》「加也,益也。」(418)
  • 剖,《廣韻》上聲《厚韻》普后切「判也,破也。」(327)
  • 掊,《莊子・逍遙游》陸德明釋文「掊,司馬云:“擊破也。”」
「不」声字には「始まる」「盛りになる」「栄える」義が見られる。
  • 坏,《説文》十三篇下《土部》「丘再成者也。」(290下)
  • 肧,《説文》四篇下《肉部》「婦孕一月也。」(81下)
  • 芣,《説文》一篇下《艸部》「華盛。」(16上)
以上より「大きい」「栄える」等を原義とする(PIE *bhel-に近い)。「芣」は字形との関係も伺える。否定の用法は仮借と考えられる。

2017/04/29

甲骨文字について その4 𠂤組大字類

𠂤組は貞人組中で最も早い時代のものである。さらに𠂤組大字・𠂤組小字・𠂤賓間・𠂤歷間等に細分化される。

概要

現在300片近くの甲骨がここに分類されている。出土地は小屯村北が中心だが、村中・村南からも出土している。材料は獣骨が中心で、亀甲は少ない。𠂤組卜辞のなかで最も早い時代に位置する群である。
本群を黄天樹は「𠂤組肥筆類」、彭裕商・李學勤は「𠂤組大字類」、張世超は「NS1」と呼称する。

字体・字形

筆画が太く、字も大きい。折れる画は少なく、曲がる画が多い。このように、この頃の甲骨文字は筆文字の特徴をそのまま引き継いでいる。

天干字

「乙」はゆるやかに丸い。「丙」の斜画は上に接しない字が多く、堅画の下端に接する。「丁」は丸く、中を塗りつぶした字は少例みられる。「戊」は三画。「庚」は横画が三本で丸みを帯びている。「辛」は上部の三角形が縦長で上辺が短い字が多い。
「貞」は前期と後期で字体が異なる。前期は三角耳と二脚を持ち中央が膨らんだ字体、後期は四角耳と四脚を持つ字体である。

地支字

「子」は前期と後期で字体が異なる。「丑」は下指が丸く爪がない字が多い。「寅」は矢尻が上端にあり、中部は丸い。「卯」の外側は四角形。「辰」は二横画の間に短い堅画があり、右の堅画の上部は内側を向いている。「巳」の腕は凵字形をしており、堅画の下部は左を向いている。「未」の上部は凵字形。「申」はゆるやかに丸い。「酉」は上部と下部に分かれており、それぞれ四角い。「戌」は刃が四角く、右上から何か垂れている。

特徴的な字

「王」は初期は象形的、前期は刃を塗りつぶすが、後期は簡略化されている。「方」は前期は枝がないが、後期には枝がある。「子」は左腕を挙げた形だが、前期に比べ後期は腕が直線的になっている。「叀」の中央部は前期は✕字形に作るが、後期は+字形に作る。「又」は前期は上指と下指が弧を描くが、後期は上指と腕をつなげて書く。
このほか「止」「圍」「用」「雨」「來」「且(祖)」「于」「牛」「羊」「戈」「目」「不」「舞」「土」「㞢」等に顕著な特徴がある。「月」と「夕」は同形で、左側が欠け中点はない。

行款にかかわらず総じて左向きの字がほとんどである。

文法・用字

卜辞

前辞は「干支卜某」の形式が最も多い。貞人には「王」と「⿻大匚」「甫」がいる。占辞・兆辞はない。

験辞はごく少例見られる。
  • ……[⿻大匚]貞:豕隻?允隻七豕。
    《合集》20736

用辞は卜辞文末に記される。
  • 己未卜,王:㞢兄戊羊?用。
    《合集》20015
  • ……一牛?不用。
    《合集》21267

記時は「某月卜」の形式が見られる。
  • 辛酉卜。七月卜。
    《合集》21407

用字

{有}{侑}には「㞢」が用いられ、「又」は用いられない。

本群には祭祀「捪」が見られる。
  • 甲戌[卜],[⿻大匚]:于來丁酉捪父乙?
    《合集》19946正

疑問語気詞「不我」が文末に用いられることがある。
  • ……盟不我?
    《合集》21250
  • ……父庚不我?
    《合集》21251
  • 庚辰卜:奏[⿴囗𠁼]不我?
    《合集》21252
  • ……[⿻大匚]:㞢妣癸不[我]?
    《合集》19904
また略して「不」とすることもある。
  • 乙□卜,[⿻大匚]:㞢妣己二羊二豕癸不?
    《合集》19883
  • ……㞢妣癸不?
    《合集》19903

人名

「子宋」「甫」「臤」など、賓組にも見られる人名が散見されるため、本群の時代下限は武丁中晩期と推定される。

特に「父乙」「母庚」に対しての祭祀が非常に多く見られる。また《合集》19871には同版に「父乙」「祖丁」が見られる。「父丁」の名は見られないため、本群の時代上限は武丁早期とされる。
陽甲・盤庚に対しては「父」を冠することはなく、「[⿱兔口]甲」「般庚」と称しているのが特殊である。このほか先王系譜に一致しない「父癸」「父戊」「兄戊」「兄丁」が祭祀対象となっている。

2017/04/23

甲骨文字について その3 断代と分組類

甲骨文とその時期

甲骨文は殷代のものであるが、殷代といっても長い歴史がある。
一般的に語られる殷王朝の歴史は《史記・殷本紀》に基づく。それによれば、天乙が夏王朝を滅ぼして殷王朝を建てたという。天乙の崩御ののち、その子太丁が即位前に死亡したため太丁の弟の外丙が次の殷王となった。このようにして《史記・殷本紀》では殷の最後の王である帝辛の代まで歴史が綴られているが、それをもとにした殷王の系譜は以下のようになる。
これらの殷王の名前は諡号であり、没後につけられたものである。下字は十干からとられる。
甲骨文はこのうち22代武丁から30代帝辛までの間のものである。数字にするとおよそ200年あまりといわれる。200年間甲骨文が不変であったかというと、当然そんなことはなく、当然うつりかわりが存在しているはずである。したがって、甲骨文の中でもさらに時期による分類が可能だと考えられる。では、どのようにすればその時期・あるいは前後関係を特定できるだろうか。

貞人組

前記事でも触れたが、貞人とは占卜を担当した人物のことであり、その名が前辞に記されることもある。《合集》11546を例に挙げる。《合集》11546は一版(一つの甲骨)に20以上の文章が刻まれており、いま挙げるのはその中からいくつか抜粋したものである。
  1. (1)癸酉卜,争貞:旬亡𡆥?十月
    (3)癸巳卜,賓貞:旬亡𡆥?十一月
    (4)癸卯卜,古貞:旬亡𡆥?十一月
    (5)癸丑卜,[⿱吅口]貞:旬亡𡆥?十二月
    (7)癸酉卜,[⿱⿰工工口]貞:旬亡𡆥?十二月
    (23)癸亥卜,奚貞:旬亡𡆥?五月
    《合集》11546
貞人の前に、この卜辞について解説する。このタイプの卜辞は「卜旬」といい、旬末(癸日)に行われ、次旬(甲日~癸日の10日間)に災厄がないかを占うものである。例えば(1)は、十月の癸酉の日に行われ、次の甲戌~癸未の10日間について占ったものである。いま(2)と(6)は省略したが、干支と月の記載から(1)~(7)は連続していることがわかる。
この卜辞の「争」「賓」「古」等が貞人の名である。いま賓について考える。「賓貞」とある卜辞は賓が存命中(さらにいうなら賓が貞人の役職を担っていた時期)に書かれたものである。賓というのは一人の人物の名前であるから、「賓貞」の記載がある卜辞は全て同時期それも甲骨時代200年のうちのたかだか数十年程度の範囲内におさめることができる。さらに、賓と同版関係(同じ甲骨に見られる)にある争や古なども賓と同時期の人物であるから、他の「争貞」「古貞」の記載がある卜辞もやはり同じ範囲におさめることができるといえよう。
このように同版(同じ甲骨)に登場しやすい貞人の組み合わせをもとにグループ化していくと、その貞人が登場する卜辞を分類することができる。上でみた争・賓・古・[⿱吅口]・[⿱⿰工工口]・奚などが貞人を務める卜辞は、そのうち一人の名をとって「賓組」と呼ぶ。貞人組には「𠂤組」「賓組」「出組」「何組」「黄組」等がある。

先王

卜辞には祖先を対象にした祭祀の記録が見られる。
  1. 丙申卜,王:㞢祖丁?
    戊子卜,……父乙彡……
    《合集》19871
この卜辞には「祖丁」「父乙」が登場する。「父」は父親あるいはその兄弟・従兄弟に対する呼称で、「祖」は祖父以上に対する呼称である。兄弟・従兄弟には「兄」が用いられる。「祖丁」は《史記》中の16代祖丁、「父乙」は《史記》中の21代小乙のことで、この卜辞は22代武丁期のものである。
  1. 甲辰卜,貞:王賓𠦪祖乙、祖丁、祖甲、康祖丁、武乙?
    《合集》35803
この祭祀では直系の王(小乙・武丁・祖甲・康丁・武乙)のみが対象となっている。武乙が対象に含まれているのでこの卜辞は武乙期よりあとのものだとわかる。
このように先王の呼称や記述内容から時期を推測することができる。

用字・字体・文法

字の用法や用いる字体によって卜辞を分類することができる。例えば、「㞢」字は𠂤組・賓組・出組にしか見られず、それ以外の組では「又」等が用いられる。「止」字は𠂤組では四画で書かれるが、𠂤組以外では三画である。「王占曰:吉。」のような験辞は早期にしか見られず、「大吉」「吉」とだけ記すような卜辞は後期にしか見られない。等等。

その他

以上のほか、出土地点・地層、貞人以外の人物・地名・方国、文章の内容などさまざまな内容とその組み合わせにより、卜辞の分類とその時代推定が可能である。


これらの分類および時期推定によって、以下のことがわかっている。
王卜辞には大きく分けて二つの派閥があり、出土地点から村北系と村南系と呼ぶ。貞人組のうち最も早いものは𠂤組で、村北系はその後時代順に賓組→出組→何組と続き、村南系は歷組→無名組と続く。黄組が甲骨文中で最もおそいものである。非王卜辞はおよそ𠂤組・賓組と同じころで、武丁期のものである。武丁期は量が多く、現在発見されているうちの半分近くは賓組だといわれている。
同一貞人組内におけるさらに細かい分類もなされているが、網羅的な研究はなされておらず、分類が難しいものもあるのが現状である。