2015/10/30

略字メモ 分類1、同音代替

「同音代替」略字とは同音あるいは近音のより簡便な字を借りる、その字に統合する、といった方法である。
この利点は、新しく字体を生み出す必要がないことであろう。初見でも読むことが可能で、意味も文脈から推理しやすい。また覚えやすい。



以下、AはBの略字である。
1.A-Bが古今字の関係。
古今字とは、「昔はAと書いていたが、後にBと書くようになった」というようなA-Bの関係である。つまり、Aの方がBより歴史が永く続いている、かつA→Bの繁化が直列であるもの。
 「採→采」:「采」は「摘み取る」の意味。後に意符として「手」を加えて「採」となった。再び「采」に簡化。
のように別字種と捉る人もいるであろう組と、
 「醤/醬→酱/𨡓」:「酱」は「爿」が声符、「肉」「酉」が意符。後に上部が声符として「將」に換わった。再び「酱」に簡化。
のように明らかに同字種の組がある。
要はこの記事のシリーズで紹介する簡化方法と同じ方法で繁化された字を再び簡化しなおしたものである。なのでこれ以上の細かい分類や例は挙げない。
2.A-Bが近義。
AとBの字義に関連性があるもの、ありそうなもの。
 「穫→獲」:「穫」は作物を収穫すること。「獲」は動物を捕らえること、転じて得ること全般。画数が少なく意味の広い「獲」に統合。
のように声符が共通することが多い。歴史的経緯を調べないと1と区別しづらい。また、声符が異なるものでは
 「後→后」:甲骨文では「後」も「后」も「あと」の意味だが用法は異なる。画数の少ない方の「后」に統合。
 「衝→沖」:「衝」は「道が通り抜ける」こと、「沖」は「水が湧き出る」こと。どちらも転じて「突く」という意味を派生した。画数の少ない方の「沖」に統合。
のような例がある。
3.A-Bに関連性なし。
1と2以外のもの。関連性なしといっても、
 「囉→羅」:「囉」は「囉唆」「囉嗦」でくどいさま。「羅」は「網」。声符の「羅」に統合。
のようにAがBの声符でありながら意味に関連性が見出せないものや、
 「孃→娘」:「孃」は「母親」、「娘」は「少女」のこと。画数の少ない「娘」を借りた。
のように、字義からか意符が同じ字を借りるものもある。
 「鞭→卞」:「鞭」は「むち」、「卞」は「法」のこと。画数の少ない「卞」を借りた。
の両字は全く関係がないが、「卞」は使用頻度の割に画数が少ない、「鞭」は使用頻度の割に画数が多い、という理由から常用された。このように、使用頻度と画数のバランスは繁・簡字の対象となりえるかどうかに影響する。
4.特殊系
 「舊→旧」:「旧」は「臼」が変化したもの。「舊→臼」は3の例となるが、「舊→𦾔→旧」という経緯である。
 「靈→灵」:単純な「靈→灵」は3の例となるが、「靈→𩃏→灵」という経緯である。
 「義→义」:「乂」は「治める、安定する」こと。「義→乂」は3の例。「乂」との特別のために点を加え「义」とした。
のように経緯が複雑なもの。「衛→卫」も分類が難しい。「鬭→斗」は「靈→灵」と同じ例。
ちなみに最初は1と2の間に「AがBの声符」というものを作っていたが1234のどれかに分けられるので削除した。
甲骨文では結果的に1が多い。3は「咎→求」等少数。簡牘では同音代替字がかなり多い。

2015/10/24

「略字」メモ

「略字」とは、「異体字のうち、簡単なもの」である。

「異体字のうち、簡単なもの」であっても「略字」と言える場合と言えない場合とがある。
例として、「廣」と「広」と「广」について考える。「「広」は「廣」の略字である」、「「广」は「廣」の略字である」ことには異論がないだろう。しかし、「「广」は「広」の略字である」というと違和感があるのではないだろうか。これは、歴史的経緯を考えた時に、「广」は「広」からできたわけではないからである。ただ、「体」も「體」からできたわけではないが、「「体」は「體」の略字である」とはいえる。「体」の歴史的経緯は「體→軆→躰→体」であり、「體」と「体」は直接の関係がないが、一本の流れ上にある。これをいま直列的な異体字であるという。「广」の場合は「廣→広→广」ではなく「廣→広,廣→广」という経緯であり、並列的である。
「AはBの略字である」というにはAとBが直列的な異体字であることが条件だといえる。

また、「簡単なもの」というのはかなり主観的である。
「画数が減る」というのが典型的な例の一つでは有る。ただ画数が減らなくても罕用部件を常用部件に換えたものや、声旁をわかりやすいものに換えたものなどは画数が大幅に増えていなければ簡単になったといえるだろう。

2015/10/22

同音書換21

快闊→快活、旱害→干害、旱天→干天、象嵌→象眼



●快闊→快活
《漢語大詞典》
【快活】
 1.高興,快樂。
  《北齊書・恩倖傳・和士開》:“陛下宜及少壯,恣意作樂,縱橫行之,即是一日快活敵千年。
  唐白居易《想歸田園》詩:“快活不知如我者,人間能有幾多人。
  《儒林外史》第三二回:“昨日擾了世兄這一席酒,我心裏快活極了!
  浩然《艷陽天》第十四章:“他們快活地談論着,早忘了烈日的曝曬。
 2.鳥鳴聲。
  宋蘇軾《五禽言》詩之三:“豐年無象何處尋,聽取林間快活吟。
  自注:“此鳥聲云:麥飯熟,即快活
  宋范成大《初四日東郊觀麥苗》詩:“相將飽喫滹沱飯,來聽林間快活啼。

《大漢和辞典》
【快闊】クワイクワツ
 1.心地よく開けたさま。
 2.氣象のはれやかなさま。氣象がさつぱりとして度量が廣いさま。
【快活】クワイクワツ
 1.たのしみ。又、たのしい。愉快。
  〔北齊書、和士開傳〕一日快活敵千年。
  〔白居易、想歸田園詩〕快活不知如我者、人間能有幾多人。
  〔五代史、劉昫傳〕三司諸吏提印聚立月華門外、聞宣麻罷昫相、皆歡呼相賀曰、自此我曹快活矣。
 2.鳥の名。「麥飯熟すれば卽ち快活」と鳴くといふ。
  〔蘇軾、五禽言詩〕豐年無象何處尋、聽取林閒快活吟。
   〔自注〕此鳥聲、麥飯熟卽快活
 3.はきはきして元氣のあること。さつぱりしてゐて物事にこだはらず、元氣のよいこと。

近代国語辞典の収録状況
快闊快活
1891:言海×
1894:日本大辞林×
1896:帝国大辞典×
1897:日本新辞林×
1899:ことばの泉×
1912:大辞典
1919:大日本国語辞典
1921:言泉
1936:大辞典



●旱害→干害
《漢語大詞典》
【干害】
 捍護。(以下略)

《大漢和辞典》
【旱害】カンガイ
 ひでりの災害。旱災。

「干害」の用例
地下水を利用せる電力灌漑事業》(1925)「干害の程度」「十三年間中八ヶ年は相當干害を受けて居る
東北地方に於ける出作及び出稼聚落の經濟地理》(1936):「又米作は冷害,干害を受け易き故
北支事情解説パンフレット》(1939):「一度水害や干害に遭ふと忽ち生活を脅かされる


●旱天→干天
《漢語大詞典》
【干天】
 猶參天。謂高出空際。(以下略)

《大漢和辞典》
【旱天】カンテン
 夏の空。又、ひでりの時。ひでり。
  〔運步色葉集〕旱天

「干天」の用例
《中外商業新報・製鉄救済:緊急なる一方法》(1920.08.29)「主要製鐵業者が干天に雨露を求め得しが如く
《報知新聞・紡績界チームの揺籃時代と山邊氏の活躍》(1931.03.17)「干天の滋雨である
《朝日新聞・炭酸ガスの肥料価値》(1928.04.30)「夏および初秋の干天に果枝の蒼生多いこと


●象嵌→象眼
《漢語大詞典》
【鑲嵌】
 1.將一物體嵌在另一物體中。
  清李斗《揚州畫舫錄・新城北錄中》:“藥師壇城,外面方亭柱磉,翼飛簷。寶頂鑲嵌城門、城垛子、城樓。
  聞一多《紅燭・劍匣》:“我將用墨玉同金絲,製出一隻雷紋鑲嵌的香爐。
 2.比喻深深地進入某種境界或思想活動中。
  沈從文《邊城》十八:“那個死去的人,卻用一個凄涼的印象,鑲嵌到父子心中。
【相嵌】
 猶鑲嵌。
  宋趙希鵠《洞天清禄集・古鐘鼎彝器辨》:“余嘗見夏琱戈於銅上,相嵌以金,其細如髮,夏器大抵皆全。歲久金脱, 則成陰𥧾,以其刻畫處成凹也。
【商嵌】
 鑲嵌。
  明王世貞《觚不觚録》:“趙良璧之治錫,馬勳之治扇,周治治商嵌……皆比常價再倍。

《大漢和辞典》
【象嵌】ザウカン ザウガン
 象眼の2.に同じ。
【象眼】サウガン
 1.布・紙等に施した細い泥畫。
  〔佩楚軒客談〕蜀時製十樣錦、名有獅團象眼
 2.イ:銅鐵等の表面に模樣をきざみこみ、中に金銀等をはめたもの。象嵌。
   〔和漢三才圖會、金類、鍍〕象眼、䤹銅鐵器成畫文、以金銀埋其理、俗名象眼
  ロ:鉛版中の誤字等を切り拔いて正字をはめこむこと。
【鑲嵌】
 ちりばめる。はめ込む。象嵌する。
【相嵌】シヤウカン
 はめこむ。商嵌。
  〔洞天清祿集〕余夏琱戈於銅上相嵌以金、其細如髮、相嵌、今俗訛商嵌、詩云、追其琢章、金玉其和。

近代国語辞典の収録状況(金属加工品の意味のみ。布・紙・絹の意味は除外。)
象嵌象眼
1891:言海×象眼:鑲嵌とも
1894:日本大辞林×
1896:帝国大辞典×
1897:日本新辞林×○
1899:ことばの泉×
1912:大辞典○×
1919:大日本国語辞典×
1921:言泉×
1936:大辞典○:2.=象嵌象嵌:相嵌・商嵌・雜嵌・象眼・雜眼とも

《文明本節用集》(1474)に「象眼」とあるが意味は書かれていない。《易林本節用集》(1597)に「象眼,胡銅交金。」とある。

2015/10/13

「豊」の字形演変2

つづき





豊
上は馬王堆漢墓帛書の字。
①《刑德》丙篇:“隆。
②《繆和》013:“其剖。
③《周易》017:“酆(豐)之虚盈。
④《老子》乙本247:“言以喪居之也。
⑤《戰國縱横家書》115:“殺人之母而不爲其子
⑥《養生方》063:“而以稱傅之。


豊
上は前漢早中期の簡牘の字。
①張家山簡《二年律令・秩律》443:“。”
②張家山簡《二年律令・秩律》443:“。”
③銀雀山簡壹《六韜・登啟》677:“文王才(在)。”
④張家山簡《奏讞書》177:“署能治
⑤銀雀山簡壹《晏子・六》:“未免乎危亂之禮(理)
⑥北京大學藏簡貳《老子》002:“為之而莫之應。
この頃は「豊」「豐」ともに上部が「由」のような字体が用いられる。晋系文字に近い。


豊
上は前漢晩期~後漢早期の簡牘の字。
①居延簡283.062:“□賢𤎩長亓
②居延簡505.005:“望泉𤎩長張病□□□。
③新居延簡ESC:37:“給候之𤎩長王六月食。
④武威簡《儀禮甲本・燕禮》2:“
⑤新居延簡E.P.T.51:147B:“府所下分,算書。
⑥武威簡《儀禮甲本・燕禮》1B
この頃は「豊」「豐」ともに上部が「曲」のような字体が用いられる。縦棒二本の上部は接している。「豆」の一画目が省筆されることがある。


豊
上は後漢~西晋代の隷書碑の字。
①封龍山頌(164)、②曹全碑(185)、③皇帝三臨辟雍碑(278)、④石門頌(148)、⑤乙瑛碑(153)、⑥皇帝三臨辟雍碑(278)
この時代には「豊」の字体が完全に定着している。ただ、乙瑛碑や韓仁銘の「禮」には「豐」に従う字体が使われている。

2015/10/12

「豊」の字形演変1

最初は字形を古いものから並べただけの記事だったけどいろいろ文章書いたら長くなった。



豊
①②は「豊」の甲骨文である。「豊」は「壴+玨」で、装飾のついた太鼓の象形である。
③④は「豐」の甲骨文である。「豐」は「壴」を意符、「亡」を声符とする形声文字である。
⑤は「壴+木」からなる字である。
《甲骨文字用研究・殷墟甲骨文已識字字表》
【豊】
 1.酒。
  花東501:“丁卜,今庚其乍,速丁飲。若。
  合31180:“其乍,又正,受又。
  合30725:“弜用茲
 2.地名。
  懷1444:“甲寅卜,乙王其田于以戍擒。
【豐】
 婦名。
  合17513:“壬寅帚示二屯。岳。
  合2798反:“…來。
【⿱林豈】
 地名。
  合8262反:“貞勿往

このほか「豊」は祭祀名としても使われている。また合27137や合30961に見える「豊庸」を楽器名とする説もある。
なお、甲骨文では意味と字形が対応している。


豊
上は殷~西周早期の金文の字。
①集成05.2625《豊作父丁鼎》:“王商(賞)宗庚貝二朋。
  「宗庚豊」は人名。
②集成08.4201《小臣宅𣪘》:“同公才(在)
  「豐」は地名。「酆」との関連が指摘されている。
③集成04.2152《豐公鼎》:“公□乍(作)尊彝。
④集成10.5346《豐卣》:“乍(作)父癸寶尊彝。
  「亡」に従う③④は作器者の人名に使われている。
⑤集成08.4261《天亡𣪘》:“王又(有)大豊(禮)王凡三方。
  「大禮」は儀礼。
⑥集成10.5357《𪬹季遽父卣》:“𪬹季遽父乍(作)姬寶尊彝。
  「豐姬」は人名。
豊
上は西周中期の金文の字。
⑦集成15.9455《長甶盉》:“穆王鄕(饗)豊(醴)
  「豊」は酒の意。
⑧近出468《叔豊簋》:“弔(叔)曰余啟(肇)乍(作)寶𣪘(簋)。
  西周金文に見られる「亡」に従う字はここで挙げたもの以外も全て人名にのみ使われている。
⑨集成01.247《𤼈鐘》:“豐〓𬉖〓。
  「豐豐𬉖𬉖」は擬声詞。もとは太鼓の音、引伸でゆたか・盛んなさまを表す。
⑩集成16.10175《史牆盤》“厚福。年。
  「豐」は「ゆたか」の意。
⑪集成06.3737《[⿱夂言]𣪘》:“[⿱夂言]乍(作)□寶𣪘(簋)。
  「豐□」は人名。
⑫集成08.4267《申𣪘蓋》:“官𤔲(司)人眔九[⿱戲皿]祝。
  「豐人」は地名。
151012_4.jpg
上は⑭を除き西周晩期の金文の字。⑭は春秋早期のもの。
⑬集成16.10176《散氏盤》:“𫪡父。
  「𫪡豐父」は人名。
⑭集成03.668《右戲仲夏父鬲》:“右戲中(仲)夏父乍(作)。”
  「豐鬲」は器名。「醴鬲」と読むという説もある。
⑮集成07.3923《豐丼叔𣪘》:“井(邢)弔(叔)乍(作)白(伯)姬尊𣪘(簋)。
  「豐邢叔」は人名。
⑯集成08.4280《元年師𬀈𣪘》:“備于大𠂇(左)官𤔲(司)還。
  「豐還」は地名。
⑰集成05.2546《輔伯𬌄父鼎》:“輔白(伯)𬌄父乍(作)孟㜏賸(媵)鼎。
  「豐孟㜏」は人名。
151012_5.jpg
上は「豊」に従う「醴」字と、「豐」に従う「𫿩」字。
⑱集成05.2807《大鼎》(周中):“王鄕(饗)
⑲集成15.9726《三年𤼈壺》(周中):“鄕(饗)
⑳集成15.9572《𬋺仲多壺》(周晩):“𬋺(唐)中(仲)大乍(作)壺。
㉑集成15.9656《伯公父壺蓋》(周晩):“白(伯)公父乍(作)弔(叔)姬壺。
㉒集成01.49《㪤狄鐘》(周中晩):“𫿩〓𬉖〓降。
㉓集成01.110《丼人𡚬鐘》(周晩):“𫿩〓𬉖〓。
西周金文では「豊」「豐」に字形差は見られない。


151012_6.jpg
上は楚系文字。
①曾侯乙墓竹簡75:“馭王車。
  初期の字体。上博六《天子建州》ではこの字体が用いられる。晋系文字もこの字体に近い。
②郭店楚簡《語叢一》16:“又(有)仁又(有)智,又(有)義又(有)豊(禮),又(有)聖又(有)善。
  上部が「𦥔」の字体。楚簡ではこの字体が一番多く見られる。
③郭店楚簡《語叢一》33:“豊(禮)生於牂,樂生於亳。
  上部が「臼」の字体。例は少ない。上博七《凡物流形》ではこの字体が用いられる。
④郭店楚簡《六德》26:“豊(禮)、樂,共也。
  上部が「艹」のような字体。郭店《性自命出》、郭店《六德》ではこの字体。
  また、郭店《緇衣》、上博一《緇衣》では上部が「井」のような字体が用いられている。
⑤上博楚簡二《容成氏》48:“、喬(鎬)之民䎽(聞)之,乃降文王。
  清華四《別卦》の「酆」の字形はこれに近い。
⑥上博楚簡三《周易》51:“九四:丌(其)坿(蔀),日中見斗,遇丌(其)𡰥(夷)宔(主),吉。
  包山楚簡にはこれに縦棒が入った字体が用いられている。
楚系文字では「豊」と「豐」は字形が区別されている。


1012-7.jpg
上は秦系文字。
①近出二1197《王七年上郡守疾戈》(318BC):“王七年,上郡守疾之造。□
②《西安相家巷遺址秦封泥的發掘》圖十六9:“
③詛楚文(戰晩):“使介老將之,以自救殹(也)。
④《秦陶文新編》1148(秦):“
⑤璽印集成・三一・GY-0002
⑥秦陶2977《秦封宗邑瓦書》(334BC):“取杜才(在)邱到潏水。
秦系文字では「豊」と「豐」は字形が区別されている。


2015/10/11

同音書換20

廓大→拡大、挌闘→格闘、骨骼→骨格、恰好→格好

●廓大→拡大
《漢語大詞典》
【廓大】
 1.寬闊。
  唐柳宗元《道州文宣王廟碑》:“廟舍峻整,階序廓大
 2.度量寬宏。
  明方孝孺《曹處士墓碣銘》:“遇人無賤貴,一以至誠不欺為本,廓大好施予。
 3.猶擴大。
  明李東陽《<茶陵譚氏族譜>序》:“然則及此而修之,推究據守以圖廓大,司副之責誠不容以不盡,此譜之所以修也。
  魯迅《且介亭雜文二集・漫談“漫畫”》:“廓大一個事件或人物的特點固然使漫畫容易顯出效果來,但廓大了並非特點之處卻更容易顯出效果。
【擴大】
 放大範圍。
  鄒韜奮《抗戰以來》二十:“我們要看到黑暗方面,才能消除黑暗;也要看到光明方面,才能擴大光明。
  浩然《艷陽天》第一○二章:“天空上的雲彩在擴大、靠攏、加緊,也在變幻着顏色。

《大漢和辞典》
【廓大】クワクダイ
 廣げておほきくする。ひらけて大きい。
  〔柳宗元、道州文宣王廟碑〕廟舍峻整、階序廓大
【擴大】クワクダイ
 おしひろげる。ひろめる。擴張。㨯大。

《大辞典》(1912)では「廓大」「擴大」が統合されている。
《大日本国語辞典》(1919)には「擴大 ひろげて大きくすること。」「廓大 擴大 ひろやかなること。」とある。


●挌闘→格闘
《漢語大詞典》
【挌鬥】
 格鬥;搏鬥。
  漢荀悅《漢紀・武帝紀六》:“主人公挌鬥死,皇孫二人皆遇害。
  漢焦贛《易林・訟之豫》:“弱雞無距,與鵲挌鬥
【格鬥】
 搏鬥。
  《漢書・戾太子傳》:“吏圍捕太子……主人公遂格鬥死。
  唐李白《戰城南》詩:“野戰格鬥死,敗馬號鳴向天悲。
  明梁辰魚《浣紗記・送餞》:“殘兵格鬥筋力疲,沿出烽火軍聲沸。
  曹禺《王昭君》第五幕:“在黑暗中,顯出了戰場,一片格鬥廝殺的景象。

《大漢和辞典》
【挌鬭】カクトウ
 つかみあふ。くみうちする。格鬭。
  〔漢紀、孝武紀六〕主人公挌鬭死。
【格鬭】カクトウ
 手でうち合つて戰ふ。組み合ひたたかふ。又、組みうち。
  〔蜀志、姜維傳〕傅僉格鬭而死。
  〔北齊書、杜弼傳〕弼率所領親兵格鬭、終莫肯從。
  〔唐書、常衮傳〕與軍人格鬭

《校正增補漢語字類》(1876)には「挌鬪 クミウチ」「格鬪 ハリアヒタヽカフ」とある。
《言泉》(1921)では「挌鬪」「格鬪」が統合されている。
《ことばの泉》(1899)、《大日本国語辞典》(1919)、《大辞典》(1936)には「格鬪」しか掲載されていない。


●骨骼→骨格
《漢語大詞典》
【骨骼】
 1.支持人和動物體形,保護內部器官,供肌肉附着和作為肌肉運動杠杆作用的支架。位於體內的稱“內骨骼”,如人和脊椎動物的骨骼。露於體表的稱“外骨骼”,如蝦、蟹、昆蟲的體表的幾丁質硬殼。
  南朝梁范縝《神滅論》:“安有生人之形骸,而有死人之骨骼哉!
  唐杜甫《瘦馬行》:“東郊瘦馬使我傷,骨骼硉兀如堵牆。
  金蕭貢《君馬白》詩:“瘦馬雖瘦骨骼奇。
 2.比喻詩文的主體內容和基本結構。
  宋蘇籀《欒城先生遺言》:“張十二之文,波瀾有餘,而出入整理,骨骼不足。
【骨格】
 1.人或動物的骨頭架子。亦指人的體格;身材。
  《醒世恒言・李玉英獄中訟冤》:“那玉英雖經了許多磨折,到底骨格猶存。將息數日,面容頓改。
  沙汀《盧家秀》:“盧家秀同他相反,矮垛垛的,骨格寬大,白晰紅潤的寬臉上長着一對大而發亮的眼睛。
 2.比喻詩文或其他事物的骨架或主體。
  唐元稹《唐故工部員外郎杜君墓系銘序》:“律切則骨格不存,閑暇則纖穠莫備。
  元陳宜甫《舊扇吟寄程雪樓廉使》:“攜持骨格輕,發揮力量大。
  胡適《五十年來中國之文學》七:“章炳麟的文章,所以能自成一家,也並非因為他模仿魏晉,只是因為他有學問做底子,有論理做骨格
 3.骨氣;品格。
  唐吳融《赴闕次留獻荊南成相公三十韻》:“骨格凌秋聳,心源見底空。
  蔣光慈《少年飄泊者》十七:“我想,一個人總要有點骨格,決不應如牛豬一般的馴服。
 4.氣質;儀態。
  元鄭光祖《伊尹耕莘》第一摺:“此子生的形容端正,骨格清奇,非等閑之人也。
  明何景明《相逢行贈孫從一》詩:“只今骨格殊恒調,傾都見者嗟英妙。
  清袁枚《隨園詩話補遺》卷三:“骨格清整,白鬚飄然。

《大漢和辞典》
【骨骼】コツカク
 ほねぐみ。骨格に同じ。
  〔韓愈、符讀書城南詩〕三十骨骼成、乃一龍一豬。
【骨格】コツカク
 ほねぐみ。骨骼。
  〔吳融、赴闕次留獻荊南成相公詩〕骨格凌秋聳、心源見底空。

《大増補漢語解大全》(1874)には「骨挌 ホネグミ」とある。
《日本新辞林》(1897)には「骨格 ほねぐみ、(骨骼)。」とある。
《言海》(1891)、《日本大辞林》(1894)、《帝国大辞典》(1896)、《ことばの泉》(1899)には「骨格」しか掲載されていない。
《大日本国語辞典》(1919)、《言泉》(1921)、《大辞典》(1936)では「骨格」「骨骼」が統合されている。


●恰好→格好
《漢語大詞典》
【恰好】
 1.正好;恰巧合適。
  唐白居易《勉閑游》詩:“唯有分司官恰好,閑游雖老未曾休。
  明李東陽《<孟子>直講四》:“譬如那稱錘一般,隨物輕重,或往或來,務要取箇恰好處。
  老舍《駱駝祥子》三:“他不希望得三個大寶,只盼望換個百兒八十的,恰好夠買一輛車的。
 2.恰當;正當。
  元無名氏《盆兒鬼》第一摺:“兩口兒做些不恰好的勾當。
  元無名氏《黃花峪》第二摺:“你便似那煙薰的子路,墨灑的金剛,休道是白日裏夜晚間撲着你,也不是恰好的人。

《大漢和辞典》
【恰好】
 1.ちやうどよい。工合がよい。をりよく。恰可。恰當。
 2.イ、かたち。すがた。やうす。狀態。
  ロ、代價が割合にやすいこと。又、價が相應であること。

《書言字考節用集》(1717)に「恰合,又作格好。」とある。

2015/09/29

「函数」は意訳か音訳か

「函数」という数学用語がある。「関数」とも書く。英語では「function」と言う。この「函数」の語源について考えてみる。
Wikipediaにはこうある。
関数 (数学) - Wikipedia
「函数」の中国語における発音は(拼音: hánshù) であり、志賀浩二や小松勇作によればこれはfunctionの音訳であるという。一方、『代微積拾級』には「凡此變數中函彼變數則此為彼之函數」とあり、また変数に天、地などの文字を用いて「天 = 函(地)」という表記もある。片野善一郎によれば、「函」の字義はつつむ、つつみこむであるから、「天 = 函(地)」という表現は「天は地を函む」ようにみえ、従属変数(の表現)に独立変数が容れられているという意味であるという。

「関数 語源」とか「函数 語源」でぐぐると一番上にでてくるページにはこうある。
「関数」の語源って? - 数学 | 【OKWave】
さて,中国人が外来語の訳語を作るときは,意味が同じになるように,発音がなるべく似るように漢字を割り当てます.

数学用語の「function」の訳語を作るとき,「functionとはブラックボックスのようなものだな」と考え,そこから,数のハコ→函数という訳語を作りました.函数の発音は「ファンスウ」というようで,発音もまあまあ似てるといえます.

ブラックボックスとは,「中身の仕組みは分からないけど,何か操作すれば何か動作するもの」のことです.関数がブラックボックスだとする解説は,日本のテキストでも見受けます.中国人が目にした英語のテキストにも,そのような解説があったのかもしれません.

グーグルブログ検索で一番上にでてくるページにはこうある。
函数の由来 | NAKAGAWA's Website
これは英語 function の中国における訳語である函数 (hánshù) をそのまま日本に持ち込んだものです。
function が漢訳される際に発音が似ている「函」の字をあて、
数学に関する用語として「函数」としたのではないかという説があります。


結論から言うと、「函数」はfunctionに似た音の漢字を当てたものではないし、ブラックボックスという考えから「函」の字を用いたものでもない。函数が、他の数を含む式であることからきている。

2015/06/11

同音書換19

障礙→障害、阻礙→阻害、妨礙→妨害、一攫千金→一獲千金



●障礙→障害
《漢語大詞典》
【障礙】
 1.佛教語。惡業所引起的煩惱困惑,因能擾亂身心,故佛典稱“障礙”。
  《百喻經・觀作瓶喻》:“法雨無障礙,緣事故不聞。
  唐元稹《哭子》詩之四:“彼此業緣多障礙,不知還得見兒無?
  明李贄《觀音問》:“然則無時無處無不是山河大地之生者,豈可以山河大地為作障礙而欲去之也?
 2.阻礙;阻擋。
  魏巍《壯行集・做新型的知識分子(四)》:“這說明害怕艱苦,追求安適,是怎樣障礙着我們的事業。
  魏巍《開闢中國的黃金時代》:“一切困難都將被克服;一切障礙我們前進的力量都將被擊碎。
 3.阻礙物。
  唐裴鉶《傳奇・聶隱娘》:“又攜匕首入室,度其門隙,無有障礙
  元房皞《題張信之見山堂》詩:“胸中有丘壑,眼前無障礙
  茅盾《尚未成功》二:“一切外界的障礙都排除了,然而從他心裏卻生出一個新的磨難。
 4.故障。
  王西彥《風雪》:“怕是機件發生障礙了,得修理一下。
【障害】
 阻礙,妨礙。
  《辛亥革命前十年間時論選集・國學講習會序》:“道敝文喪,由來已久,而今世尤為岌岌。何也?前日正學之所以不能光大者,以科舉為之障害也。
  魯迅《且介亭雜文二集・從“別字”說開去》:“改白話以至提倡手頭字,其實也不過一點樟腦針,不能起死回生的,但這就又受着纏不清的障害,至今沒有完。
  夏丏尊葉聖陶《文心》二一:“單字的辭與其他單字的辭相結合成為雙字的辭或句,是沒有障害的。

《大漢和辞典》
【障礙】シヤウガイ
 さまたげ。さはり。邪魔。障碍。
  〔白居易、春日題乾元寺上方最高峯亭詩〕但覺虛空無障礙、不知高下幾由旬。
【障害】シヤウガイ
 さはり。さまたげ。邪魔。又、其の物。障礙。

《作文いろは字引大成》(1894)には「障害」しかない。《大日本国語辞典》(1915-1919)、《言泉》(1922)、《大辞典》(1934-1936)では「障礙」「障碍」「障害」が統合されている。《必携熟字集》(1879)には「障碍 サヽハリ」「障害 サヽハリ」とある。《大辞典》(1912)には「障碍 サマタゲ。」「障害 障碍トオナジ語。」とある。


●阻礙→阻害
《漢語大詞典》
【阻礙】
 1.阻擋住,使不能順利通過或發展。
  北魏酈道元《水經注・沔水三》:“漢水又東,謂之澇灘……又東為淨灘,夏水急盛,川多湍洑,行旅苦之,故諺曰:‘冬澇夏淨,斷官使命。’言二灘阻礙
  宋吳曾《能改齋漫錄・記事二》:“津濟阻礙,人畜數有溺死者。
  茅盾《曇》:“父親不是不鍾愛她,但父親薄待她的母親,而況又阻礙了她的光明熱烈的前程。
 2.起阻礙作用的事物。
  《古今小說・臨安里錢婆留發跡》:“卻說顧全武打了越州兵旗號,一路並無阻礙,直到越州城下。
  《二十年目睹之怪現狀》第一百回:“近日已經有了機緣,可惜還有一點點小阻礙
  茅盾《大鼻子的故事》:“這當兒,隊伍的頭陣似乎碰了阻礙
【阻害】
 阻礙妨害。
  孫中山《<民報>周年紀念演說詞》:“假如我們實行革命的時候,那滿洲人不來阻害我們,決無尋仇之理。
  鄒魯《中國同盟會》:“風俗之害,如奴婢之畜養,纏足之殘忍,鴉片之流毒,風水之阻害,亦一切禁止。

《大漢和辞典》
【阻礙】ソガイ
 へだてさへぎる。故障が生ずる。じやま。
  〔易、蹇、利西南不利東北、疏〕西南順位、平易之方、東北險位、阻礙之所。
  〔舊唐書、食貨志下〕至揚州入斗門、卽逢水淺、已有阻礙
  〔宋史、河渠志四〕金水河透水槽阻礙上下汴舟。
【阻害】ソガイ
 さまたげ害する。じやまをする。妨害。

《言泉》(1922)では「阻礙」「阻害」が統合されている。《大辞典》(1934-1936)には「沮害・阻害 はばみそこなふ。さまたげること。邪魔。」「阻礙 隔てさへぎる。はばみさまたぐ。」とある。


●妨礙→妨害
《漢語大詞典》
【妨礙】
 1.阻礙,使事情不能順利進行。
  南朝齊蕭子良《凈住子凈行法門・修理六根門》:“初不樂聞,反生妨礙
  宋范成大《秋日田園雜興》之四:“靜看簷蛛結網低,無端妨礙小蟲飛。
  雷加《命名的傳說》:“那天颳着大風,一點也沒有妨礙他們的討論。
 2.不利,對人有損害。
  《水滸傳》第十回:“不知甚麼樣人,小人心下疑,只怕恩人身上有些妨礙
  清蒲松齡《聊齋志异・崔猛》:“但我所言,不類巫覡,行之亦盛德;即或不效,亦無妨礙
【妨害】
 1.阻礙;損害。
  《荀子・仲尼》:“援賢博施,除怨而無妨害人。
  《孔叢子・連叢子上》:“驅民入山林,格虎於其庭,妨害農業,殘夭民命。
  巴金《滅亡》第八章:“我們倆談話底聲音都很低,一則為的不妨害他們,二則也不願使他們聽見我們底話。
 2.猶妨剋。
  漢應劭《風俗通・正失・彭城相袁元服》:“今俗間多有禁忌,生三子者,五月生者,以為妨害父母,服中子犯禮傷孝,莫肯收舉。

《大漢和辞典》
【妨礙】バウガイ
 さまたげる。邪魔だてする。又、さまたげ。礙もさまたげる。邪魔。妨碍。妨害。
  〔凈住子、修理六根門〕初不樂聞,、反生妨礙
  〔范成大、秋日田園雜興詩〕靜看簷蛛結網低、無端妨礙小蟲飛。
【妨碍】バウガイ
 妨礙に同じ。
【妨害】バウガイ
 さまたげる。そこなふ。又、さまたげ。邪魔。妨碍。妨礙。
  〔荀子、仲尼〕除怨而無妨害人。
  〔韓非子、飾邪〕赦罪以相愛、是與下安矣、然而妨害於治民者也。
  〔新書、匈奴〕妨害帝義。
  〔後漢書、殤帝紀〕有水災、妨害秋稼。

《新令字解》(1869)、《言海》(1889-1891)、《日本大辞林》(1894)、《帝国大辞典》(1896)、《日本新辞林》(1897)、《ことばの泉:日本大辞典》(1898)、《大辞典》(1912)には「妨害」しかない。
《大増補漢語解大全》(1874)には「妨害 サマタゲソコナフ」「妨碍 サマタゲ」とある。
《広益熟字典》(1874)には「妨礙 サマタゲル」「妨害 同上」とある。
《校正増補漢語字類》(1876)には「妨害 ジヤマヲスル」「妨碍 サヽハリ」とある。
《必携熟字集》(1879)に「妨害 サマタゲ」「妨碍 サマタゲル」とある。
《大日本国語辞典》(1915-1919)には「妨害 さまたぐること。じゃますること。」「妨礙 さまたげささふること。」とある。
《大辞典》(1934-1936)には「妨害 さまたげそこなふこと。じゃますること。」「妨礙 さまたげる。邪魔する。」とある。


●一攫千金→一獲千金
「一獲千金」の用例
法學通論》(1893)
日清戰役外交史》(1902)
英國殖民發展史》(1909)
恩師先輩訓話隨録》(1914)

同音書換18

蛔虫→回虫、恢復→回復、彽徊→低回、苑地→園地



●蛔虫→回虫
《漢語大詞典》
【蛔蟲】
 亦作“蚘蟲”。
 1.在人或其他動物腸中寄生的一種線形長蟲。能損害人、畜健康,並能引起多種疾病。
  《南史・張邵傳》:“石蚘者,久蚘也。醫療既僻,蚘蟲轉堅,世間藥不能遣。
  沈從文《從文自傳・我讀一本小書同時又讀一本大書》:“到認完六百生字時,腹中生了蛔蟲,弄得黃瘦异常。
 2.比喻懂得別人內心活動的人。
  元秦簡夫《東堂老》第一摺:“不曾吃飯哩,你可不早說,誰是你肚裏蚘蟲,與你一個銀子,自家買飯吃去。
  周而復《上海的早晨》第四部七:“馬慕韓對徐義德說:‘阿永是趙副主任肚裏的蛔蟲。’

《大漢和辞典》には【蚘】【蛔】【蛕】【痐】の字義の覧に「蛔蟲」とあるが、【―蟲】という項目はない。
「回蟲」の用例
私の儲けた養雞法》(1925)


●恢復→回復
《漢語大詞典》
【恢復】
  《文選・班固〈東都賦〉》:“系唐統,接漢緒,茂育群生,恢復疆宇。
   劉良注:“恢,大也。大復前後之疆宇。
 後凡失而復得或回復原狀皆稱“恢復”。
  《新五代史・南唐世家・李景》:“苟不能恢復內地,申畫邊疆,便議班旋,真同戲劇。
  元陳以仁《存孝打虎》第二摺:“也不要錦衣繡襖軍十萬,我手裏要恢復你大唐江山。
  峻青《海嘯》第四章:“一切又恢復了原來的樣子,仿佛什麼事情都沒有發生過。
【迴復】
 1.返回。
  漢張衡《東京賦》:“省幽明以黜陟,乃反旆而迴復
 2.反覆。
  三國魏劉劭《人物志・體別》:“沉靜之人,道思迴復
 3.水流回旋貌。
  晉左思《吳都賦》:“潮波汩起,迴復萬里。
  北魏酈道元《水經注・江水一》:“峽中有瞿塘、黃龕二灘,夏水迴復,沿泝所忌。
 4.回轉,挽回。
  蘇曼殊《非夢記》:“薇香斗憶生言寸心存,猶有藕斷絲連之意……自能迴復其心。
【回復】
 1.回旋反覆;迂回曲折。
  《漢書・禮樂志》:“玄氣之精,回復此都。
   顏師古注:“言天氣之精,回旋反復於此雲陽之都。
  晉陶潛《五月旦作和戴主簿》:“虛舟縱逸棹,回復遂無窮。
  宋陳師道《寓目》詩:“曲曲河回復,青青草接連。
 2.引申為反覆無常。
  《資治通鑒・晉安帝元興二年》:“制作紛紜,志無一定,變更回復,卒無所施行。
 3.復原;恢復。
  宋蘇轍《乞罷修河司札子》:“欲閉塞北流,回復大河。
  錢化佛《攻寧記》:“精神頓時回復
 4.回報;答覆。
  《西游記》第五八回:“我難助力,故先來回復師父。
  《兒女英雄傳》第二回:“我走後儻然他再託人說,就回復說我沒留下話就是了。
  魯迅《書信集・致葉紫》:“請你回復那書店:我不同意。
 5.回絕;辭退。
  《二十年目睹之怪現狀》第四六回:“你想當時我怎好回復他,只好允了。
  魯迅《且介亭雜文・阿金》:“過了幾天,阿金就不再看見了,我猜想是被她自己的主人所回復

《大漢和辞典》
【恢復】クワイフク
 とりかへす。原狀に復す。回復。
  〔班固、東都賦〕茂育羣生、恢復疆宇。
  〔王惲、雙廟懷古詩〕蔽遮不使前、恢復可立見。
  〔五代史、南唐李昇世家〕苟不能恢復內地、申畫邊疆、便議班旋、眞同戲劇。
  〔宋史、呂頤浩傳〕頤浩請亟復明辟、以圖恢復、遂以兵發江寧、舉鞭誓眾、士皆感厲。
  〔六部成語、兵部、恢復、注解〕被敵侵占之地、謀欲奪回。
【廻復】クワイフク
 めぐりかへる。回復。
  〔左思、吳都賦〕廻復萬里。
【回復】クワイフク
 1.かへる。なほる。とりかへす。
  〔漢書、禮樂志〕玄氣之精、回復此都。
  〔論衡、書虛〕江河之流、有回復之處。
  〔梁𥳑文帝、登城詩〕落霞乍續斷、晚浪時回復
 2.復命する。回答する。



●彽徊→低回
《漢語大詞典》
【低徊】
 1.徘徊,流連。
  《漢書・司馬相如傳》:“低徊陰山翔以紆曲兮,吾乃今日睹西王母。
  唐韓愈《駑驥》詩:“騏驥不敢言,低徊但垂頭。
  清李漁《閑情偶寄・居室》:“良朋至止,無不耳目一新,低徊留之而不能去者。
  秦牧《社稷壇抒情》:“平時則有三三兩兩的游人在那裏低徊
 2.回味;留戀地回顧。
  清趙翼《甌北詩話・查初白詩》:“此種眼前瑣事,隨手寫來,不使一典,不著一詞,而情味悠然,低徊不盡,較之運古鍊句者更進矣。
  《花月痕》第五一回:“荷生低徊往事,追憶舊遊,恍惚如煙,迷離似夢。
  鄧家彥《有憶》詩:“低徊往事心如醉,棖觸新愁貌亦癯。
 3.形容縈繞回蕩。
  清富察敦崇《燕京歲時記・封臺》:“什不閑有旦有丑而無生,所唱歌詞別有腔調,低徊婉轉,冶蕩不堪。
  鄭振鐸《蟬與紡織娘》:“他們的歌聲,是如秋風之掃落葉,怨婦之奏琵琶,孤峭而幽奇,清遠而凄迷,低徊而愁腸百結。
 參見“低回”。
【低佪】
 徘徊,流連。
  《楚辭・九章・抽思》:“低佪夷猶,宿北姑兮。
  宋曾鞏《尹公亭記》:“至於後人見聞之所不及,而傳其名,覽其跡者,莫不低佪俯仰,想尹公之風聲氣烈。
  清錢泳《履園叢話‧雜記下‧琴心曲》:“顧影低佪若有情,月華如水秋衣濕。
 參見“低回”。
【低迴】
 1.徘徊,流連。
  南朝宋鮑照《松柏篇》詩:“扶輿出殯宮,低迴戀庭室。
  唐韓愈《祭郴州李使君文》:“逮天書之下降,猶低迴以宿留。
 2.謂曲意奉承。
  唐谷神子《博异志・崔玄微》:“醋醋又言曰:‘諸女伴皆住苑中,每歲多被惡風所撓,居止不安,常求十八姨相庇。昨醋醋不能低迴,應難取力。’
 3.謂思緒或情感縈回。
  清冒襄《寒夜聽白三彈琵琶歌》:“只覺低迴傷舊事,我有萬感付琵琶。
  楊朔《海市・百花時節》:“到今天,人類生活的天地這樣開闊,當然不一定只是思念自己的親人,可是,每逢節日,還是會引起你無限低迴的情緒的。
 參見“低回”。
【低回】
 1.徘徊;流連。
  宋邵伯溫《聞見前錄》卷十七:“蓋自栖筠而下,義居二十餘世矣。余為之低回歎息而去。
  清方苞《余處士墓表》:“淹留濂溪、鹿洞,過柴桑,輒低回久之。
  郭沫若《前茅・力的追求者》:“別了,低回的情趣!別要再來纏繞我白熱的心曦!你個可憐的撲燈蛾,你當得立地燒死!
 2.紆回曲折。
  《漢書・揚雄傳下》:“大語叫叫,大道低回
   顏師古注:“低回,紆衍也。
 3.遷就;迎合。
  《新唐書・文藝傳下・吳武陵》:“數百里之內,拘若檻阱,常疑死於左右手,低回姑息,不可謂明。
  宋王明清《揮麈三錄》卷一:“前數年,有博士鄒公,經甚明,文甚高,行甚修,不能低回當世,以直去位。
 4.謂情感或思緒縈回。
  宋陸游《除刪定宮謝丞相啟》:“伏念某獨學寡聞,倦游不遂。瀾翻記誦,愧口耳之徒勞,跌宕文辭,顧雕蟲而自笑。低回久矣,感嘆凄然。
  清蔣士銓《香祖樓・嫁蘭》:“為甚麼同床各夢將情漏。你若為彼低回,奴當成就。
  徐遲《井岡山記》九:“一天早晨,毛澤東同志看到他,說:‘天涼啦,該加點衣服啦!’他回答:‘我沒有衣服了。’‘噢,你沒有衣服啦!’為之低回久之。

《大漢和辞典》
【低徊】テイクワイ
 低回の1に同じ。
  〔漢書、司馬相如傳〕低徊陰山、翔以紆曲兮。
   〔注〕低徊、猶俳徊也。
  〔潘岳、寡婦賦〕鞠稚子于懷抱兮、嗟低徊而不忍。
【低佪】
 低回の1に同じ。
  〔楚辭、九章、抽思〕低佪夷猶、宿北姑兮、煩寃瞀容實沛徂兮。
【低回】テイクワイ
 1.さまよふ。立ちもとほる。首を垂れて行きつ戻りつづる。低徊。低佪。
  〔史記、孔子世家贊〕低回留之不能去。
 2.まはりめぐる。うねりめぐる。
  〔漢書、揚雄傳下〕大語叫叫、大道低回
   〔注〕師古曰、低回、紆衍也。

「低回」の用例
特命全權大使米歐回覽實記》(1878)
朝鮮王國》(1896)
頼山陽及其時代》(1898)
春蘭秋菊》(1899)


●苑地→園地
《漢語大詞典》
【園地】
 1.種植瓜蔬花果的田地。
  《周禮・地官・載師》:“以場圃任園地
  《清史稿・食貨志一》:“曰官田。初設官莊……又設園地,植瓜果蔬菜,選壯丁為園頭。
 2.喻指報刊雜志登載某種類文章的專欄。如:學習園地。

《大漢和辞典》
【苑地】ヱンチ
 その。庭園。
  〔漢書、貢禹傳〕獨舍長安城南苑地、以爲田獵之囿。
【園地】ヱンチ
 1.はたけ。場圃の2に同じ。
  〔周禮、地官、載師〕場圃任園地
 2.中古、班田の制が行はれた頃、人民の私有財產として各戶に給付して桑や漆などを栽培させた土地。

「園地」の用例
日本古来財産相續法》(1888)「私田及園地
葡萄三説》(1890)「園地の整備
果樹栽培全書》(1896)「園地の準備
馬來半島事情》(1898)「園地を耕耘する

2015/06/05

同音書換17

廻転→回転、廻遊→回遊、廻覧→回覧、廻流→回流、廻廊→回廊



●廻転→回転
《漢語大詞典》
【迴轉】
 1.回旋;旋轉。
  三國魏曹丕《善哉行》:“湯湯川流,中有行舟,隨波迴轉,有似客遊。
  南朝宋謝靈運《從斤竹澗越嶺溪行》:“川渚屢逕復,乘流翫迴轉
  清杜岕《九日荔軒招泛虎丘觀穫》詩:“擁楫數迴轉,松檉變寒燠。
 2.循環變化;運轉。
  晉楊泉《物理論》:“地發黃泉,周伏迴轉,以生萬物。
  唐元稹《人道短》詩:“天道晝夜迴轉不曾住,春秋冬夏忙。
 3.猶輾轉。
  唐唐彥謙《漢代》詩:“鮮明臨曉日,迴轉度春宵。
【回轉】
 1.回環往復;運轉。
  《後漢書・虞詡傳》:“明日悉陳其兵眾,令從東郭門出,北郭門入,貿易衣服,回轉數周。
  宋蘇軾《上張安道養生訣論》:“又須常節晚食,令腹中寬虛,氣得回轉
 2.掉轉。
  南朝宋劉義慶《世說新語・簡傲》:“王(王子敬)獨在輿上,回轉顧望,左右移時不至。
  《水滸傳》第一○三回:“張世開聽得後面腳步響,回轉頭來,只見王慶……搶上前來。
  夏丏尊葉聖陶《文心》三:“王先生說到這裏,回轉身去,拿起粉筆來在黑板上寫字。
 3.返回。
  《四游記・祖師收五雷五音》:“天尊叫過田乖隨師行法,別師回轉天曹。
  蕭三《敵後催眠曲》:“你聽,槍聲響得遠了,你爸爸快能回轉了。
 4.輾轉。
  南朝宋劉義慶《世說新語・雅量》:“〔許侍中、顧司空〕嘗夜至丞相許戲,二人歡極,丞相便命使入己帳眠。顧至曉回轉,不得快熟;許上床便咍臺大鼾。
 5.挽回;好轉。
  《紅樓夢》第六十回:“倘或說些話駁了,那時候老了,倒難再回轉
  《紅樓夢》第九八回:“看他的光景,比早半天好些,只當還可以回轉,聽了這話,又寒了半截。
 6.曲折環繞。
  宋蘇洵《老翁井銘》:“山之所從來甚高大壯偉,其末分為兩股,回轉環抱。

《大漢和辞典》
【廻轉】クワイテン
 くるくるめぐる。
  〔禮、曲禮上、疏〕初將入時、視必下而竟不得廻轉廣有瞻視也。
  〔謝靈運、從斤竹㵎越嶺溪行詩〕乘流翫廻轉
【回轉】クワイテン
 めぐる。又、めぐらす。廻轉。
  〔後漢書、虞詡傳〕明日悉陳其兵衆、令從東郭門出、北郭門入、貿易衣服、回轉數周、羌不知其數、更相恐動。

「回轉」の用例
輿地新編》(1874)
医学七科問答》(1879)
舶用汽機新書》(1891)
海戰日錄》(1895)
《大増補漢語解大全》(1874)、《大辞典》(1912)には「回轉」しかない。《言泉》(1922)では「回轉」「廻轉」が統合されている。《大辞典》(1934-1936)では「廻轉」「回轉」が統合されている。


●廻遊→回遊
《漢語大詞典》
【回游】
 1.回環流動。
  南朝宋謝靈運《山居賦》:“近南則會以雙流,縈以三洲。表裏回游,離合山川。
 2.洄游。海洋中的一些動物(主要指魚類),因為產卵、覓食或季節變化的影響,而沿一定路線有規律地往返遷移。

《大漢和辞典》
【回遊】クワイイウ
 めぐり遊ぶ。
  〔謝靈運、山居賦〕表裏回遊,離合山川。

「回遊」「回游」の用例
歐米鐵道經濟論》(1885)「避暑囬遊ヲ期スル
商海英傑傳》(1893)「諸國を回遊して
鯛縛網漁利害調査復命書》(1893)「鯛魚回游ノ有様
第四回內國勸業博覽會審查報告》(1896)「岬角ヲ回游スル
《大辞典》(1912)には「回遊」しかない。《大日本国語辞典》(1915-1919)、《言泉》(1922)、《大辞典》(1934-1936)では「回遊 あちこちと遊びまはること。」「廻游 あちこちと泳ぎまはること。」のような区別をしている。


●廻覧→回覧
《大漢和辞典》
【廻覽】クワイラン
 一物を衆人が順送りにまはしてみる。回覽。
【回覽】クワイラン
 一つの物を衆人が順送りにまはして見ること。廻覽。

「回覽」の用例
特命全權大使米歐回覽實記》(1878)
司法省達全書》(1885)
台灣總督府例規類抄》(1896)
會計檢査院史》(1896)
《大辞典》(1912)には「回覽」しかない。《大日本国語辞典》(1915-1919)、《言泉》(1922)、《大辞典》(1934-1936)では「回覽」「廻覽」が統合されている。


●廻流→回流
《漢語大詞典》
【迴流】
 回旋或倒流的水。
  南朝齊謝朓《游山詩》:“堅崿既崚嶒,迴流復宛澶。
  南朝梁王僧孺《侍宴詩》:“交枝隱修逕,迴流影遙阜。
  清丘逢甲《秋懷次覃孝文韻》之八:“黃天訛立多新說,赤道迴流有熱潮。
【回流】
 回旋或倒流的水。
  晉陸雲《南征賦》:“若溟海之引回流,岱靈之吐行雲。
  唐李紳《欲到西陵寄王行周》詩:“西陵沙岸回流急,船底黏沙去岸遙。
  宋楊萬里《明發陳公徑過摩舍那灘石峰下》詩:“回流如倦客,出門復還家。

《大漢和辞典》
【回流】クワイリウ
 うづまく流れ。
  〔陸雲、南征賦〕若溟海之引回流、岱靈之吐行雲。
  〔李紳、欲到西陵寄王行周詩〕西陵沙岸回流急、船底黏沙去岸遙。

「回流」の用例
特命全權大使米歐回覽實記》(1878)
人身生理學》(1891)
西伯利地誌》(1892)
近世地文學》(1893)
《言泉》(1922)、《大辞典》(1934-1936)では「回流」「廻流」が統合されている。


●廻廊→回廊
《漢語大詞典》
【迴廊】
 回環曲折的走廊。
  《藝文類聚》卷七六引南朝梁簡文帝《善覺寺碑銘》:“重欒交峙,迴廊逢迓。
  唐杜甫《涪城縣香積寺官閣》詩:“小院迴廊春寂寂,浴鳧飛鷺晚悠悠。
  清和邦額《夜譚隨錄‧呂琪》:“書舍前一小軒,繞以迴廊
  巴金《春》二:“她們走入月洞門,便轉過假山往右邊走去,進了一帶曲折的回廊
【回廊】
 曲折回環的走廊。
  唐杜甫《涪城縣香積寺官閣》詩:“小院回廊春寂寂,浴鳧飛鷺晚悠悠。
  清納蘭性德《虞美人》詞:“回廊一寸相思地,落月成孤倚。
  《儒林外史》第三十回:“一路從回廊內轉去。
  葉聖陶《游了三個湖》:“當初築城墻當然為的防禦,可是就靠城的湖來說,城墻好比園林裏的回廊

《大漢和辞典》
【廻廊】クワイラウ
 長く曲折した廊下。回廊。
  〔杜甫、涪城縣香積寺官閣詩〕小院廻廊春寂寂、浴鳧飛鷺晚悠悠。
【回廊】クワイラウ
 まはり廊下。廻廊。
  〔王勃、龍懷寺碑〕回廊䆗窱、自吐風𩖧。
  〔杜甫、涪城縣香積寺官閣詩〕小院廻廊春寂寂。

「回廊」の用例
暹羅紀行・暹羅紀略》(1875)
新編相模國風土記稿》(1888)
近江名跡案內記》(1891)
大坂城誌》(1891)
《易林本節用集》(1597)、《書言字考節用集》(1717)、《大増補漢語解大全》(1874)、《作文いろは字引大成》(1894)には「回廊」しかない。《大辞典》(1934-1936)では「回廊」「廻廊」が統合されている。

2015/06/04

同音書換16

廻心→回心、廻航→回航、廻国→回国、廻旋→回旋、廻天→回天



●廻心→回心
《漢語大詞典》
【迴心】
 回頭;改變心意。
  晉潘岳《悼亡》詩之一:“僶仰恭朝命,迴心反初役。
  《全唐詩》卷八六二載《示胡二郎歌》:“感君恩義言方苦,火急迴心求出路。
【回心】
 1.改變心意。
  《漢書・禮樂志》:“夫移風易俗,使天下回心而鄉道,類非俗吏之所能為也。
  宋司馬光《回心》:“何謂回心?曰:去惡而從善,捨非而從是。
  元關漢卿《金線池》第三摺:“酒席中間,慢慢的勸他回心
 2.轉念。
  《紅樓夢》第九十回:“卻自己回心一想,他到底是嫂子的名分,那裏就有別的講究了呢?
  《二十年目睹之怪現狀》第一○五回:“回心一想,我幾十年的老江湖,難道不及他一個小孩子。
  魯迅《花邊文學・大雪紛飛》:“那麼,回心一想,一定可以記得他們有許多賽過文言文或白話文的好話。

《大漢和辞典》
【廻心】クワイシン
 1.心をかへる。心を改める。回心。
  〔潘岳・悼亡詩〕僶俛恭朝命、廻心反初役。
 2.石の名。(以下略)
【回心】クワイシン
 1.心を改める。改心。
  〔賈誼、上疏陳政事〕夫移風易俗、使天下回心而鄕道、類非俗吏之所能爲也。
  〔漢書、禮樂志〕天下回心
  〔魏志、王粲傳〕海內回心
 2.往日の愛情を回復する。回心院を見よ。

「回心」の用例
繪本神稻水滸傳》(1886)「惡行を回心改悔して
懷往事談》(1894)「回心したる輩
真宗法話百題》(1906)「回心懺悔とはいかん
愚禿親鸞》(1909)「回心の櫻
《易林本節用集》(1597)、《書言字考節用集》(1717)には「回心」しかない。《大辞典》(1934-1936)では「回心」と「廻心」は項目が統合されている。


●廻航→回航
《大漢和辞典》
【廻航】クワイカウ
 處處を經めぐつて航海する。又、處處をめぐつて元の地點にかへる航海。
【回航】クワイカウ
 諸方の港をめぐり航海する。廻航。

「回航」の用例
禹域通纂》(1888)「回航ニハ紙砂糖蓆等を載ス
條約攺正之標準》(1891)「港ニ回航
日清戦役國際法論》(1896)「其ノ附近マテ回航
日本商法論》(1901)「喜望峰ヲ回航シテ
《大辞典》(1912)、《大日本国語辞典》(1915-1919)、《言泉》(1922)、《大辞典》(1934-1936)には「回航」しかない。


●廻国→回国
《大漢和辞典》
【廻國】クワイコク
 國々をめぐり步く。又、順禮となつて札所を巡拜すること。〔謠曲、安達原〕。
【回國】クワイコク
 1.國にかへる。歸國する。
 2.諸國を經めぐること。
  〔狂言記、土產鏡〕日本を回國あつて。

「回國」の用例
鎌倉北条九代記》(1884)「回國使私欲非法
狂言全集》(1903)「日本を回國あつて。
《書言字考節用集》(1717)、《大全早字引節用集 : 増補再刻》(1870)、《大全早引節用集 : 開化新増》(1880)には「回國」しかない。《大日本国語辞典》(1915-1919)、《言泉》(1922)では「回國」「廻國」が統合されている。《大辞典》(1934-1936)では「廻國」「回國」が統合されている。


●廻旋→回旋
《漢語大詞典》
【迴旋】
 1.盤旋;轉動。
  《列子・湯問》:“迴旋進退,莫不中節。
  唐盧綸《宴席賦得姚美人拍箏歌》:“忽然高張應繁節,玉指迴旋若飛雪。
  郭沫若《洪波曲》第十章三:“亂機回旋偵伺,俄頃復不見。
 2.指徘徊。
  《東周列國志》第二七回:“里克起身逕入書房,獨步庭中,迴旋良久。
 3.《史記・五宗世家》“故王卑溼貧國”
   裴駰集解引漢應劭曰:“景帝後二年,諸王來朝,有詔更前稱壽歌舞,定王但張袖小舉手,左右笑其拙。上怪問之,對曰:‘臣國小地狹,不足迴旋。’
  後因以“迴旋”指施展才能。
  宋劉攽《酬狄奉議》詩:“門有雀羅甘棄置,人今舞袖足迴旋
  茅盾《子夜》五:“他亦未始沒有相當成就,但是僅僅十萬人口的雙橋鎮何足以供回旋
 4.引申指可變通,可商量。如:此事還有回旋的餘地。
【回旋】
 1.旋轉,盤旋。
  晉張華《博陵王宮俠曲》之二:“騰超如激電,回旋如流光。
   回,一本作“迴”。
  宋葛立方《韻語陽秋》卷十九:“尺六細腰女,舞袖輕回旋
  清袁枚《隨園詩話》卷二:“是夕,燈花散采,倏忽變現,噴煙高二三尺,有風霧回旋
  葉聖陶《潘先生在難中》:“他仿佛急流裏的一滴水滴,沒有回旋轉側的餘地,只有順着大眾的勢,腳不點地地走。
 2.指回環旋繞。
  宋蘇軾《游徑山》詩:“眾峰來自天目山,勢若駿馬奔平川。中塗勒破千里足,金鞭玉鐙相回旋
  清黃宗羲《永樂寺碑記》:“穹殿中峙,軒廡回旋
 3.返回;回轉。
  元鄭光祖《老君堂》第一摺:“若道是放我回旋,到的那咸陽里,久後拜謝明賢。
  《再生緣》第四一回:“王爺告別便回旋
  夏丏尊葉聖陶《文心》十三:“樂華立在自己門首,好幾次地把頭回旋,目送這兩對小情人遠去。
 4.指事物的替代。
  清顧炎武《少林寺》詩:“百物有盛衰,回旋儻天意。
 5.活動。指施展才能。
  宋王安石《送王覃》詩:“知子有才思奮發,嗟余無地與回旋
  宋袁文《瓮牖閑評》卷二:“上怪問之,對曰:‘臣國小地狹,不足回旋。’
  魯迅《書信集・致鄭振鐸》:“所以最好是平均兩月出一種,使愛好者有回旋的餘地。
 6.引申為可變通的意思。如:此事尚有回旋的餘地。

《大漢和辞典》
【廻旋】クワイセン
 めぐりまはる。めぐらす。回旋。
  〔列子、湯問〕廻旋進退。
  〔史記、五宗世家、王卑溼貧國、注〕集解曰、應劭曰、臣國小地狹、不足廻旋
  〔舊唐書、廻紇傳〕元和四年、改爲廻鶻、義取廻旋輕捷如鶻也。
【回旋】クワイセン
 1.めぐる。又、めぐらす。旋回。廻旋に同じ。
  〔說苑、尊賢〕提鼓擁旗、被堅執銳、回旋十萬之師。
  〔庚信、秦州天水郡麥積崖佛龕銘〕糺紛星漢、回旋光景。
 2.植物の莖が支柱や他物に卷きつきながら昇つてゆく運動をいふ。

「回旋」の用例
人身生理學》(1891)「彎曲回旋
銃創論》(1892)「弾丸ノ自働回旋
凶荒誌》(1893)「回旋シテ進行
臺清紀行》(1898)「回旋
《大増補漢語解大全》(1874)、《必携熟字集》(1879)、《大辞典》(1912)には「回旋」しかない。《大日本国語辞典》(1915-1919)では「廻旋」「回旋」が統合されている。《言泉》(1922)では「回旋」「廻旋」が統合されている。


●廻天→回天
《漢語大詞典》
【迴天】
 1.扭轉乾坤。形容權勢或力量強大。
  《北齊書・帝紀總論》:“佞閹處當軸之權,婢妾擅迴天之力,賣官鬻爵,亂政淫刑。
  《舊唐書・忠義傳下・蘇安恒》:“專國倍於穰侯,迴天過於左悺,則社稷危矣。
 2.舊以皇帝為天,故喻諫止皇帝改變意志。
  唐劉肅《大唐新語・極諫》:“太宗曰:‘善。’賜采三百疋。魏徵歎曰:‘張公論事,遂有迴天之力,可謂仁人之言,其利溥哉!’
【回天】
 1.謂權大勢重。
  《後漢書・宦者傳・單超》:“其後四侯轉橫,天下為之語曰:‘左回天,具獨坐,徐臥虎,唐兩墮。’
  唐盧照鄰《長安古意》詩:“別有豪華稱將相,轉日回天不相讓。
 2.舊以皇帝為天,凡能諫止皇帝改變意志者稱回天。
  唐貞觀四年給事中張玄素諫止太宗修洛陽乾元殿,魏徵嘆曰:“張公遂有回天之力。”事見唐吳兢《貞觀政要・納諫》、《新唐書・張玄素傳》。
  宋岳珂《桯史・愛莫助之圖》:“﹝洵武﹞自度清議必弗貸,且有駟不及舌之慮,懼文定知之,未知所以回天者,憂形於色。
  清洪昇《長生殿・賄權》:“論失律喪師關鉅典,我雖總朝綱敢擅專?況刑書已定難更變,恐無力可回天
 3.喻力量之大,能左右或扭轉難以挽回的局勢。
  《續資治通鑒・元世祖至元二十四年》:“安圖諫曰:‘臣力不能回天,但乞不用僧格,別選賢者,猶或不至虐民誤國。’
  清譚嗣同《臨終語》詩:“有心殺賊,無力回天。死得其所,快哉快哉!
  陳毅《沁園春・山東春雪壓境讀毛主席柳亞子詠雪唱和詞有作》詞:“傾心甚,看回天身手,絕代風騷。

《大漢和辞典》
【廻天】クワイテン
 天を廻轉させる。廻天之力を見よ。
【回天】クワイテン
 天をめぐらす。轉じて、時勢を一變する、困難な時勢を挽回することにいふ。
  〔後漢書、單超傳〕天下爲之語曰、左回天、具獨坐。
  〔孫綽、喩道論〕遊步三界之表、恣化無窮之境、回天儛地、飛山結流。
  〔唐書、張玄素傳〕張公論事、有回天之力、可謂仁人之言。

「回天」の用例
回天詩》(1874)
列國海軍提要》(1890)
西郷隆盛一代記》(1898)
《広益熟字典》(1874)、《大増補漢語解大全》(1874)、《大辞典》(1912)、《大辞典》(1934-1936)には「回天」しかない。《大日本国語辞典》(1915-1919)、《言泉》(1922)では「回天」「廻天」が統合されている。

2015/05/30

同音書換15

遺誡→遺戒、誡告→戒告、訓誡→訓戒、教誨→教戒



●遺誡→遺戒
《漢語大詞典》
【遺誡】
 亦作“遺戒”。
 1.猶遺囑。
  漢王符《潛夫論・述赦》:“昔大司馬吳漢老病將卒,世祖問以遺戒
  《後漢書・祭遵傳》:“臨死遺誡牛車載喪,薄葬洛陽。
  《北史・韓子熙傳》:“卒,遺戒不求贈諡,其子不能遵奉,遂至干謁。
  唐白居易《唐故虢州刺史贈禮部尚書崔公墓志銘》:“公之將終也,遺誡諸子。
  宋羅大經《鶴林玉露》卷一:“且死,遺戒喪車速發。
  參見“遺囑”。
 2.指前人遺下的訓誡。
  漢張衡《歸田賦》:“感老氏之遺誡,將迴駕乎蓬廬。
  《後漢書・明帝紀》:“聖恩遺戒,顧重天下,以元元為首。
  《三國志・魏志・趙王幹傳》:“初封諸侯,訓以恭慎之至言,輔以天下之端士,常稱馬援之遺誡
  《宋史・李繼和傳》:“繼隆罷兵柄,手錄李勣遺戒授繼和,曰:‘吾門不墜者在爾矣。’
【遺戒】
 見“遺誡”。

《大漢和辞典》
【遺誡】ヰカイ
 後人のためにいましめのことばをのこす。又、そのことば。遺戒。
  〔後漢書、祭遵傳〕臨死遺誡
  〔張衡、歸田賦〕感老氏之遺誡
  〔白居易、唐故虢州刺史贈禮部尚書崔公墓志銘序〕遺誡、諸子。
【遺戒】ヰカイ
 後人にいましめをのこす。又、のこしたいましめ。遺誡に同じ。
  〔後漢書、明帝記〕懼有廢失聖恩遺戒
  〔顏氏家訓、雜藝〕韋仲將遺戒
  〔宋史、李繼和傳〕手錄唐李勣遺戒、授繼和。

「遺戒」の用例
世繼草摘分》(1883)
西加茂郡史談》(1894)
大日本人名辭書》(1896)
乃木將軍のみたる山鹿素行修養訓話》(1912)
《大増補漢語解大全》(1874)に「遺戒 イヒオキ」とあるが「遺誡」はない。《大日本国語辞典》(1915-1919)では「遺誡」と「遺戒」は項目が統合されている。《大辞典》(1934-1936)の「遺誡」の項目には「また遺戒に作る。」とある。


●誡告→戒告
《漢語大詞典》
【戒告】
 如誡。
  《易・泰》“不戒以孚
   唐孔穎達疏:“不待戒告,而自孚信以從己也。

《大漢和辞典》
【戒告】カイコク
 訓戒と忠告。又、忠告。
  〔易、泰、不戒以孚、疏〕不待戒告、而自孚信以從己也。

類纂大藏省沿革略志》(1889)
獨逸民法草案理由書》(1889)
凶荒誌》(1893)
日本行政法論》(1895)
《必携熟字集》(1879)、《大日本国語辞典》(1915-1919)、《言泉》(1922)、《大辞典》(1934-1936)に「戒告」はあるが「誡告」はない。


●訓誡→訓戒
《漢語大詞典》
【訓誡】
 亦作“訓戒”。
  唐白居易《晉謚恭世子議》:“若垂末代以為訓戒,居易懼後之臣子有失大義、守小節者將奔走之,將欲商榷,敢徵義類。
  宋呂陶《明任策上》:“其言皆出於懇誠,而其道各務於訓戒
  清朱之瑜《壽中山風軒八十啟》:“意專矜式乎高深,不謂盛修夫賓主;嘉禮成而訓誡少,惜別易而繼見難。
  清王士禛《池北偶談・談异二・陳百史》:“比至,凡書數百言,皆言家事及訓誡之語。
  葉聖陶《倪煥之》八:“他以為已經把犯罪的部屬交給頭目去訓誡和懲罰,自有頭目負責;自己只有從旁批判那頭目處理得得當不得當的事情了。

《大漢和辞典》
【訓誡】クンカイ
 をしへいましめる。又、をしへ。いましめ。訓戒。教誡。
  〔玉篇〕訓、誡也。
【訓戒】クンカイ
 訓誡に同じ。

「訓戒」の用例
生計秘訣》(1879)「ミコーベル氏の訓戒
佛國刑法講義》(1881)「之ヲ訓戒スル方法ヲ廢セリ
修身說話》(1887)「王守仁の訓戒
約翰傳註釋》(1888)「此一段には訓戒あり
《漢語字類》(1869、増補1876)、《大増補漢語解大全》(1874)、《必携熟字集》(1879)、《大全早引節用集 : 開化新増》(1880)、《大辞典》(1912)に「訓戒」はあるが「訓誡」はない。《大日本国語辞典》(1915-1919)、《言泉》(1922)、《大辞典》(1934-1936)では「訓戒」と「訓誡」の項目が統合されている。


●教誨→教戒
《漢語大詞典》
【教誨】 教導,訓誨。
  《書・無逸》:“古之人,猶胥訓告,胥保惠,胥教誨
  唐劉長卿《別李氏女子》詩:“臨歧方教誨,所貴和六姻。
  清昭槤《嘯亭續錄・羅中丞》:“公愛民潔己,蒞官時召父老至,諄諄教誨,至於涕下沾膺。
  魯迅《朝花夕拾・藤野先生》:“他的對於我的熱心的希望,不倦的教誨,小而言之,是為中國……大而言之,是為學術。
【教戒】
 教導和訓戒。
  《吳子・治兵》:“故用兵之法,教戒為先。
  唐薛用弱《集异記補編・趙操》:“屢加教戒,終莫改悔。
  清吳熾昌《客窗閑話續集・黃大王》:“兒隨姑父母舟中,更以弄水為樂,其姑夫屢次教戒,頑梗如故。
【教誡】
 同“教戒”。
  《明史・藺芳傳》:“芳所治事,暮必告母。有不當,輒加教誡
  魯迅《三閑集・在鐘樓上》:“只對於第二點加以猛烈的教誡,大致是說他‘死板’和‘活潑’既然都不贊成,即等於主張女性應該不死不活,那是萬分不對的。

《大漢和辞典》
【敎誨】ケウクワイ
 をしへる。
  〔書、無逸〕古之人、猶胥訓告、胥保惠、胥敎誨
  〔詩、小雅、小宛〕教誨爾子、式穀似之。
  〔孟子、告子下〕敎亦多術矣、予不屑之敎誨也者、是亦敎誨之而已矣。
  〔國語、周語上〕瞽史教誨。
  〔戰國、趙策〕諒毅曰、敝邑之君有母弟、不能敎誨、以惡大國、請黜之、勿使與政事。
  〔墨子、兼愛下〕有道肆相敎誨
  〔荀子、儒效〕敎誨開導成王。
  〔史記、貨殖傳〕善者因之、其次利道之、其次敎誨之、其次整齊之、最下者與之爭。
【敎戒】ケウカイ
 をしへいましめる。敎誡。訓戒。敎訓。
  〔吳子、治兵〕故用兵之法、敎戒爲先。
  〔漢書、陳萬年傳〕萬年嘗病、召咸敎戒於牀下。
  〔論衡、別通〕父兄在千里之外、且死、遺敎戒之書。
【敎誡】ケウカイ
 をしへる。敎へいましめる。敎訓に同じ。
  〔風俗通、怪神〕孫兒婦女、以次敎誡

「敎戒」の用例
ユーゴー全集》(1921)「死刑囚が傍の敎戒師の言葉に耳を傾けてゐる
《大日本国語辞典》(1915-1919)に「教誨 1.をしふること。教訓。教誡。」とある。

2015/05/25

同音書換14

潰決→壊決、潰敗→壊敗、潰滅→壊滅、潰乱→壊乱

●潰決→壊決
《漢語大詞典》
【潰決】
 謂大水沖開堤防。亦用以形容情勢混亂。
  宋蘇軾《制科策》:“江河潰決,百川騰溢。
  《明史・朱衡傳》:“乃定議開新河,築堤呂孟湖以防潰決
  清唐甄《潛書・遠諫》:“川流潰決,必問為防之人。
  《“五四”愛國運動資料・上海罷市實錄》:“復有利用機會,暗施策略,利災樂禍之徒,顛倒播弄其間,而于是潰決不可收拾矣。
【壞決】
§I
 倒塌;破敗。
  《隸釋・漢史晨饗孔廟後碑》:“牆垣壤決。
§II
 拆毀、掘開(堤岸或墻垣)。
  《漢書・元后傳》:“五侯初起,曲陽最怒,壞決高都,連竟外杜。
  顏師古注引服虔曰:“壞決高都水入長安。
  漢馬融《圍棋賦》:“厭于食兮,壞決垣墻。

《大漢和辞典》
【潰決】クワイケツ
 つつみ等がくづれきれる。
  〔蘇軾、御試制科策〕江河潰決、百川騰溢。
【壞決】クワイケツ
 くづれる。やぶれくづれる。潰決。壞崩。壞頽。
  〔馬融、圍碁賦〕厭于食兮、壞決垣牆。

「壞決」の用例
天災地變に關する調査》(1938)「洪水堤防を壞決
《大増補漢語解大全》(1874)、《必携熟字集》(1879)、《大全早引節用集 : 開化新増》(1880)には「壞决 クヅレサケル」とあるが「潰決」はない。


●潰敗→壊敗
《漢語大詞典》
【潰敗】
 1.失敗;被打垮。
  三國魏阮籍《大人先生傳》:“財匱而賞不供,刑盡而罰不行,乃始有亡國戮君潰敗之禍。
  元王惲《東征》詩:“前徒即倒戈,潰敗如山崩。
  清王夫之《薑齋詩話》卷三:“督使聞之怒甚,嗾悍帥害之,會潰敗不果。
 2.破敗。 
  唐韓愈《送高閑上人序》:“泊與淡相遭,穨墮委靡,潰敗不可收拾,則其於書得無象之然乎?
  宋蘇舜欽《若神栖心堂》詩:“冷灰槁木極潰敗,雖有善跡輒自刪。
【壞敗】
§I
 敗壞;潰敗;衰替。
  漢賈誼《旱雲賦》:“時俗殊而不還兮,恐功久而壞敗
  漢趙曄《吳越春秋・勾踐伐吳外傳》:“暴風疾雨,雷奔電激,飛石揚砂,疾如弓弩,越軍壞敗,杜陵卻退,兵士僵斃,人眾分解,莫能救止。
  清顧炎武《與潘次耕札》:“俗流失,世壞敗……亦安得不欲傳之其人而望後人之昌明其業者乎?
§II
 毀壞;破壞。
  《漢書・元帝紀》:“地震于隴西郡……壞敗豲道縣城郭官寺及民室屋。
  《後漢書・桓帝紀》:“壞敗廬舍,亡失穀食,尤貧者稟,人二斛。
  宋司馬光《上龐樞密論貝州事宜書》:“不乘其眾心危疑未定之際,壞敗其謀,已而日寖久,罪寖深……用力百倍而功不可必也。

《大漢和辞典》
【潰敗】クワイハイ
 つひえやぶれる。やぶれてばらばらになる。敗頽。潰墜。
  〔李衛公問對、上〕臣觀苻堅載記、曰、秦諸軍皆潰敗
  〔韓愈、送高閑上人序〕委靡潰敗、不可收拾。
  〔王惲、東征詩〕前徒卽倒戈、潰敗如山崩。
【壞敗】クワイハイ
 やぶる。こはす。又、やぶれる。こはれる。壞毀。頽毀。
  〔漢書、元帝紀〕木飾壞敗
  〔新書、俗激〕俗流失、世壞敗矣。
  〔賈誼、旱雲賦〕時俗殊而不還兮、恐功久而壞敗

「壞敗」の用例
立法論綱》(1878)
海外爲替要論》(1896)
釀酒新法》(1894)
《大増補漢語解大全》(1874)、《必携熟字集》(1879)に「壞敗」はあるが「潰敗」はない。


●潰滅→壊滅
《漢語大詞典》
【潰滅】
 崩潰滅亡。
  魯迅《<二心集>序言》:“只是原先是憎惡這熟識的本階級,毫不可惜它的潰滅
  茅盾《現代的!》:“這是舊世界趨向於潰滅的驚惶失措,手忙脚亂!
【壞滅】
 毀滅;磨滅。
  唐王昌齡《諸官游招隱寺》詩:“金色身壞滅,真如性無主。
  唐白居易《華嚴經社石記》:“吾聞一毛之施,一飯之供,終不壞滅

《大漢和辞典》
【壞滅】クワイメツ
 こはれほろびる。又、こはしほろぼす。
  〔王昌齡、諸官遊招隱寺詩〕金色身壞滅、眞如性無主。
  〔高啓、賦得眞娘墓送蟾上人之虎丘詩〕色相終壞滅

「壞滅」の用例
社会学》(1884)「壞滅に歸したる
理學沿革史》(1885)「進化ノ理ト壞滅ノ理ト
政法哲学》(1885)「地方自治ノ權壞滅
破唯物論》(1898)「壞滅以後にも物質ありて
《必携熟字集》(1879)、《大日本国語辞典》(1915-1919)、《大辞典》(1934-1936)に「壞滅」はあるが「潰滅」はない。


●潰乱→壊乱
《漢語大詞典》
【潰亂】
 散亂;昏亂。
  《後漢書・馮衍傳上》:“今海內潰亂,人懷漢德。
  唐高適《東征賦》:“昔天未厭禍,項氏叛渙,解齊歸楚,自蕭擊漢,天地無色,風塵潰亂
  清蒲松齡《聊齋志异・韋公子》:“〔公子〕喚韋娘飲,暗置鴆毒盃中,韋娘纔下咽,潰亂呻嘶,眾集視,則已斃矣。
  魏巍《東方》第六部第十一章:“指導員發下命令,敵人的步兵在六○炮的連續發射中潰亂了。
【壞亂】
§I
 1.敗壞;混亂。
  《禮記・學記》:“雜施而不孫,則壞亂而不脩。
  《後漢書・孔融傳》:“末世陵遲,風化壞亂,政撓其俗,法害其人。
  譚獻《古詩錄序》:“以故文章壞亂,聲音廢闕,好色而淫,怨誹而亂。
 2.猶言變亂。
  晉袁宏《後漢紀・光武帝紀三》:“今長安壞亂,赤眉在郊,王侯搆難,大臣分離。
  宋曾鞏《陳書目錄序》:“而況於壞亂之中,倉皇之際,士之安貧樂義,取捨去就,不為患禍勢利動其心者,亦不絕於其間。
§II
 1.破壞,毀亂。
  《漢書・外戚傳下・中山衛姬》:“壞亂法度,居非其制,稱非其號。

《大漢和辞典》
【潰亂】クワイラン
 軍に敗れて散りぢりに遁れ去る。
  〔後漢書、馮異傳〕赤眉引還擊弘、弘軍潰亂
【壞亂】クワイラン
 やぶりみだす。そこなふ。又、やぶれみだれる。みだりがはしくなる。
  〔禮、學記〕雜施而不孫、則壞亂而不脩。
  〔漢書、外戚、中山衞姬傳〕壞亂法度、居非其制、稱非其號。
  〔後漢書、孔融傳〕風化壞亂
  〔論衡、對作〕凡論不壞亂、則桓譚之論不起。

「壞亂」の用例
最近世界の外交》(1920)「壞亂前の露軍
西洋最近世史》(1922)「其陣地を壞亂

2015/05/24

同音書換13

決潰→決壊、崩潰→崩壊、倒潰→倒壊、全潰→全壊、半潰→半壊



●決潰→決壊
《漢語大詞典》
【決潰】
 1.指堤防被水沖破。
  《宋史・河渠志三》:“增堤益防,惴惴恐決,澄沙淤泥,久益高仰,一旦決潰,又復北流。
 2.潰爛流膿。
  宋歐陽修《汝癭答仲儀詩》:“癰瘍暫畜聚,決潰終當涸。
【決壞】
 1.沖決。
  《史記・平準書》:“緣河之郡隄塞河,輒決壞,費不可勝計。
  北魏酈道元《水經注・河水五》:“河水盛溢,泛浸瓠子,金隄決壞
 2.毀壞。
  宋蘇軾《秦始皇論》:“凡所以治天下者,一切出於便利,而不恥於無禮,決壞聖人之藩墻,而以利器示天下。
  宋葉適《終論四》:“勝之之道,盡去吾之弊政,用必死之帥、必死之將、必死之士,決壞二百年糜爛不可通之說,真以必死敵之,則勝矣。

《大漢和字典》
【決潰】ケツクワイ
 堤がきれて水があふれる。又、腐つた物がつぶれる。
  〔歐陽修、汝癭答仲儀詩〕癰瘍暫畜聚、決潰終當涸。
【決壞】ケツクワイ
 隄防などがやぶれ崩れる。又、隄防などを切りくづす。決潰。
  〔史記、平準書〕隄塞河、輒決壞、費不可勝計。
  〔後漢書、鮑昱傳〕郡多陂池、歲歲決壞

「決壞」の用例
大日本農史》(1891)「荒川ノ熊谷堤決壞
大阪府誌》(1903)「堤防決壞
韓国土地農産調査報告》(1907)「雨期ニ決壞
群馬縣佐波郡誌》(1924)「利根吾妻の二川决壞
《大辞典》(1934-1936)では「ケッカイ 決壞・決潰」とあって項目が統合されている。


●崩潰→崩壞
《漢語大詞典》
【崩潰】
 1.倒塌毀壞。
  漢應劭《風俗通・正失・孝文帝》:“關東二十九山,同日崩潰
  《宋書・劉懷肅傳》:“災水之初,餘杭高堤崩潰,洪流迅激,勢不可量。
  宋蘇轍《過韓許州石淙莊》詩:“傾流勢摧毀,泥土久崩潰
  丁玲《水》:“湯家闕的水,又示着威擴大了它的地盤,沿堤更崩潰了許多地方。
 2.瓦解潰散。
  《後漢書・東夷傳序》:“陳涉起兵,天下崩潰
  《新唐書・逆臣傳下・黃巢》:“克用身決戰,呼聲動天,賊崩潰
  明葉子奇《草木子・克謹》:“九月,明臺兵北行,處處皆望風崩潰,曾無一戰。
  巴金《寒夜》十一:“就在這一刻,他的精神和體力似乎完全崩潰了。
 3.碎裂。
  南朝陳徐陵《為貞陽侯與太尉王僧辯書》:“羌虜無厭,乘此多難,虔劉我南國,蕩覆我西京,奉聞驚號,肝膽崩潰
【崩壞】
 1.塌毀。
  漢枚乘《七發》:“覆虧邱陵,平夷西畔。崩壞陂池,險險戲戲。
  《水滸傳》第十回:“仰面看那草屋時,四下里崩壞了,又被朔風吹撼,搖振得動。
 2.敗壞衰落。
  《漢書・五行志下之上》:“君道崩壞,下亂,百姓將失其所矣。
  唐白居易《與元九書》:“僕常痛詩道崩壞……不量才力,欲扶起之。
  宋蘇軾《與封守朱朝清書》:“新說方熾,古學崩壞,言之傷心。
  魯迅《三閑集・現今的新文學的概觀》:“舊社會將近崩壞之際,是常常會有近似帶革命性的文學作品出現的,然而其實並非真的革命文學。

《大漢和字典》
【崩潰】ホウクワイ
 くづれつひえる。くづれやぶれる。頽潰。崩壞。
  〔後漢書、東夷傳〕陳涉起兵、天下崩潰
  〔資治通鑑、晉紀〕(孝武帝、太元八年)秦步騎崩潰、爭赴淮水。
【崩壞】ホウクワイ
 くづれやぶれる。崩潰。
  〔漢書、五行志下之上〕君道崩壞下亂、百姓將失其所矣。
  〔論衡、說日〕樓臺崩壞
  〔枚乘、七發〕崩壞陂池。

「崩壞」の用例
民法正義》(1890)「建物朽敗シテ崩壞スル
凶荒誌》(1893)「山崖ノ崩壞
科学と佛教の調和》(1893)「固体ニ變シ遂ニ全ク崩壞シテ
新しき科学》(1919)「元素ノ崩壞ト變質
《必携熟字集》(1879)に
崩潰 クヅルヽ
崩壞 クヅルヽ
とある。
《大辞典》(1934-1936)では「ホーカイ 崩壞・崩潰」とあって項目が統合されている。


●倒潰→倒壞
《漢語大詞典》
【倒潰】
 倒塌崩潰。
  郭沫若《創造十年續篇》四:“永安公司和先施公司的兩座高塔就像在動搖,就像幾時要向那人濤中倒潰下來的光景。
  韓少功《洪峰》:“高臺子是一個最危險的地段,據說堤身已經下跌,內移,幾乎要倒潰
【倒壞】
 倒塌崩壞。
  清黃六鴻《福惠全書・蒞任・詳文贅說》:“復有四年之奇荒,七年之地震……屋舍盡皆倒壞,男婦壓死萬餘。

《大漢和字典》
【倒壞】タウクワイ
 たふれこはれる。
  〔福惠全書、蒞任部、詳文贅說〕屋舍盡皆倒壞

「倒壞」の用例
巡回日記》(1889)「地震ノ爲ニ倒壞
明治青年思想変遷史》(1912)「幕府倒壞の方便としての尊王攘夷論
工場法論》(1917)「震災ノ際容易ニ倒壞
戦後の欧米漫遊記》(1920)「露國の倒壞したる今日


●全潰→全壊
「全壞」の用例
佛安關係始末》(1888)「第三砲臺ノ如キハ殆ト全壞
近時外交史》(1898)「國境保壘の全壞
國譯漢文大成》(1924)「全壞を崩と曰ふ
和歌山史要》(1939)「住家の全壞


●半潰→半壊
「半壞」の用例
最新大日本地理集成》(1916)「人家全壞一千半壞三千
花袋全集》(1924)「門の袖なども半壞れてゐた
支那風俗の話》(1927)「半壞の縱に二つに割れた城壁
高砂族調査書》(1938)「山地崩壞し蕃屋倒潰12戶半壞8戶
《大辞典》(1934-1936)では「ハンカイ 半潰・半壞」とあって項目が統合されている。

2015/05/23

同音書換12

萎縮→委縮、義捐→義援、掩護→援護、敷衍→敷延



●萎縮→委縮
《漢語大詞典》
【萎縮】
 1.草木枯萎。
  陳祖芬《祖國高於一切》:“她變得像一朵萎縮了的花。
 2.指物體乾枯或體積變小、變形。
  曹禺《王昭君》第二幕:“他的華麗的服飾和他萎縮的外形極不相襯。
  沙汀《困獸記》十六:“而他一分鐘前的昂奮的氣勢,也如突然吃了一針的氣泡一樣,一下子萎縮了。
  杜鵬程《保衛延安》第二章七:“她嚇得心裏絞痛,身體像在萎縮
 3.萎靡。
  曹禺《雷雨》第一幕:“她的父親--魯貴--約莫四十多歲的樣子,神氣萎縮
 4.衰退。
  魯迅《花邊文學‧“徹底”的底子》:“弄文藝的人,如果遇見這樣的大人物而不能撕掉他的鬼臉,那麼,文藝不但不會前進,並且只會萎縮,終於被他消滅的。
  范文瀾《中國近代史》第一章第四節:“自土煙盛行,價廉易得,煙毒侵入貧民層,生產力的萎縮和破壞更不堪設想。
 5.畏縮。
  老舍《四世同堂》二六:“假若他們也都像他的祖父那樣萎縮,或者像他自己這樣前怕狼後怕虎的不敢勇往直前,豈不就是表示着民族的血已經涸竭衰老了麼?
  茹志鵑《在果樹園裏》:“這時,我才發現她沒有一般童養媳那種萎縮模樣。
【委】
 15.通“萎”。委頓,衰敗。
  《周禮・考工記・梓人》:“爪不深,目不出,鱗之而不足,則必穨而如矣。
  南朝齊謝朓《暫使下都夜發新林至京邑贈西府同僚》詩:“常恐鷹隼擊,時菊嚴霜。
  唐司空曙《秋思呈尹值裴說》詩:“晝景紅葉,月華銷綠苔。
  明何景明《〈武功縣志〉序》:“人才則由實而虛,文教則由振而

《大漢和辞典》
【萎縮】ヰシュク
 なえちぢまる。衰へる。

「委縮」の用例
1884年《外交志稿
1891年《教授之正誤
1893年《闇黒亞弗利加


●義捐→義援
《漢語大詞典》
【義捐】
 為資助公益事業而捐獻的財物。
  鄭觀應《盛世危言・旱潦》:“每次公私賑款,輒至數百餘萬,皆出於度支正項,或南中義捐
  孫中山《檀香山興中會章程》:“凡入會之人,每名捐會底銀五元。另有義捐,以助經費。
  郭沫若《黑貓》七:“還有一半是商會的義捐

《大漢和辞典》
【義捐】ギエン
 義のためにする寄附。

「義援」の用例
1923年《東京大地震記》「政府の救護民間特志家の義援


●掩護→援護
《漢語大詞典》
【掩護】
 1.保護起來不使人知;庇護。
   元紀君祥《趙氏孤兒》第一摺:“子共母不能完聚,纔分娩一命歸陰,着程嬰將他掩護,久以後長立成人,與趙家看守墳墓。
   清歸有光《與曾省吾參政書》:“僕非敢緣舊識,求門下有所掩護也。
   郭沫若《洪波曲》第十章一:“漢口市區,因為有租界和敵產的掩護,始終不曾被炸。
 2.指袒護。
   柳青《創業史》第一部第八章:“‘你又來了!人家割竹子掙下錢,不還咱嗎?’老婆掩護兒子說。
 3.遮蓋。
   清蒲松齡《聊齋志异‧孝子》:“母創尋愈。周每掩護割處,即妻子亦不知也。
 4.對敵采取警戒、牽制、壓制等手段,保障己方部隊或人員行動安全。
   陳其通《萬水千山》第一幕:“小岳:‘上級命令你們營,一定要死打硬拼,守住渡口,掩護大部隊過江,去和二、六軍團會合。’
   魏巍《東方》第四部第十五章:“我們的任務,就是在這裏堅決阻住敵人,來掩護他們安全轉移。

《大漢和辞典》
【掩護】エンゴ
 おほひ守る。敵が攻めて來るのを遮り味方を掩つて護る。又、味方の行動または目的を、敵の攻撃から護る。
【援護】エンゴ
 たすけまもる。すくひまもる。

「援護」の用例
1888年《佛安關係始末》「佛の援護
1895年《凱旋紀念帖》「第二軍を援護
1896年《海上權力史論》「自然の成長を援護
1899年《廣島臨戰地日誌》「第二軍を援護


●敷衍→敷延
《漢語大詞典》
【敷衍】
 1.散布蔓延;傳播。
  《文選・張衡<西京賦>》:“篠簜敷衍,編町成篁。
   薛綜注:“敷,布也。衍,蔓也。
   呂延濟注:“言竹生舒布蔓延。
  《舊唐書・代宗紀贊》:“掃除沴氣,敷衍德音。
 2.鋪陳發揮。
  《宋史・范沖傳》:“上雅好《左氏春秋》,命沖與朱震專講。沖敷衍經旨,因以規諷,上未嘗不稱善。
  《三寶太監西洋記》第一回:“如來微開喜口,敷衍大法,宣暢正果。
  清王韜《淞隱漫錄・諸曉屏》:“生素未習此,略為循章敷衍
 3.表面應酬,虛與應付。
  《蕩寇志》第七七回:“他這般舉止,明是唱籌量沙之計,敷衍着高俅,得空便高飛遠走。
  《官場現形記》第四七回:“諸位老兄在官場上歷練久了,敷衍的本事是第一等。
  《二十年目睹之怪現狀》第五回:“他還同我胡纏不了,好容易才把他敷衍走了。
 4.勉強維持。
  《紅樓夢》第一一○回:“鳳姐這日竟支撐不住,也無方法,只得用盡心力,甚至咽喉嚷破敷衍過了半日。
【敷演】
 1.陳述而加以發揮。
  《三國志・魏志・高堂隆傳》:“於是敷演舊章,奏而改焉。
  《五燈會元・馬祖一禪師法嗣・汾州無業國師》:“二十受具戒於襄州幽律師,習《四分律疏》,纔終,便能敷演
  《快心編》第一回:“看官,且等我從頭敷演得去,自有可觀之處。
 2.表演。
  《水滸傳》第五五回:“高太尉帶領眾人,都往御教場中,敷演武藝。
  《水滸傳》第五七回:“徐寧將正法一路路敷演,教眾頭領看。
【布演】
 排列推演。
  三國魏阮籍《通易論》:“庖羲氏布演六十四卦之變。

《大漢和辞典》
【敷衍】フエン
 1.しきひろげる。おしひろめる。敷暢。
  〔張衡、西京賦〕篠簜敷衍、編町成篁。
   〔注〕綜曰、敷、布也、衍、蔓也。
  〔舊唐書、代宗紀贊〕埽除沴氣、敷衍德音。
 2.意味や義理をひきのばして他方面に及ぼす。敷演。
  〔宋史、儒林五、范沖傳〕上雅好左氏春秋、命沖與朱震專講、沖敷衍經旨、因以規諷。
 3.イ、苟且に付す。ごまかす。お茶を濁す。眞面目でない。ロ、融通する。
【敷演】フエン
 しきのべる。敷衍。
  〔魏志、高堂隆傳〕於是敷演舊章、奏而改焉。
  〔吳志、胡綜傳〕敷演皇極、流化萬里。
  〔成公綏、天地賦序〕賦者貴能分理賦物、敷演無方。
【布衍】フエン
 のべひろめる。おしひろめる。敷衍の1に同じ。
【布演】フエン
 しきのべる。ひろめる。敷演。
  〔阮籍、通易論〕庖羲氏布演六十四卦之變。

「敷延」の用例
1879年《必携熟字集
1884年《ロエスレル氏起稿商法草案
1890年《佛國議院典
1896年《生物始源 : 一名種源論
1897年《先秦文學 : 支那文學史稿

同音書換11

臆説→憶説、臆測→憶測、臆断→憶断、臆病→憶病


●臆説→憶説
《漢語大詞典》
【臆說】
 1.只憑個人想象的說法。
  北齊顏之推《顏氏家訓・歸心》:“何故信凡人之臆說,迷大聖之妙旨。
  唐劉知幾《史通・曲筆》:“用舍由乎臆說,威福行乎筆端,斯乃作者之醜行,人倫所同疾也。
  宋葉適《故樞密參政汪公墓志銘》:“詔有司,凡私意臆說盡黜之。
  清徐士鑾《宋艷・奇异》:“余不喜駮證古人,好逞臆說
  郁達夫《臨平登山記》:“這是從風景上來說的話,與什麼臨平湖塞則天下治,湖開則天下亂等倒果為因的妄揣臆說,卻不一樣。
  王力《中國語言學史》第一章第二節:“這樣就讓曲解古書的人們能利用這一材料來助成臆說
 2.主觀地毫無根據地敘說。
  南朝宋裴駰《<史記集解>序》:“未詳則闕,弗敢臆說
  唐孫樵《與友人論文書》:“其所聞者,如前所述,豈樵所能臆說乎?
  宋曹士冕《法帖譜系・蜀本》:“既不知所出,未敢臆說
  明徐渭《又奉師季先生書》:“而事跡已亡,典故無考,彼為臆說,而我亦未嘗身經者,則姑闕其疑耳。

《大漢和辞典》
【臆說】オクセツ
 しつかりした證のない、あて推量の議論。
  〔顏氏家訓、歸心〕何故信凡人之臆說、迷大聖人之妙旨。
  〔富弼、辨邪正論〕臣前所援據、特一二而已、但且欲證臣狂瞽、非臆說焉。

「憶說」の用例
1883年《論事矩》「憶說三段論法
1888年《國法汎論》「後世史家ノ憶說
1890年《歲計豫算論》「憶說ニ止マリ
1898年《論理撮要》「憶說ノ證明」「事實ト憶說
1898年《認識論》「科學上の憶說


●臆測→憶測
《漢語大詞典》
【億測】
 猶億度。
  《後漢書・李通傳論》:“夫天道性命,聖人難言之,況乃億測微隱,猖狂無妄之福,汙滅親宗,以觖一切之功哉!
  《新唐書・安祿山傳》:“及長,忮忍多智,善億測人情,通六蕃語,為互市郎。
【臆測】
 1.主觀地推測。
  清陳廷焯《白雨齋詞話》卷六:“《風詩》三百,用意各有所在,仁者見之謂之仁,智者見之謂之智,故能感發人之性情。後人強事臆測,繫以比、興、賦之名,而詩義轉晦。
  清魏源《聖武記》卷十三:“二臣皆身歷戎行,曉洞賊情,故動中窾會,非書生臆測所及。
  《“五四”愛國運動資料・學生終止罷課之宣言》:“外界不察,妄肆臆測,或謂排外,或謂熱中。
  魯迅《墳・文化偏至論》:“若夫影響,則眇眇來世,臆測殊難。
 2.主觀的測度。
  劉復《<四聲實驗錄>序贅》:“最要緊的是求之於科學的實驗,而不求之於一二人的臆測
  魯迅《<朝花夕拾>後記》:“這不過是我一時的臆測,此外也並無什麼堅實的憑證。
  夏衍《觀劇偶感》:“我沒有眼福看到這個劇本的上演,所以我的臆測只根據了散在滬港各報的批評。

《大漢和辞典》
【億測】オクソク
 おしはかる。おもひはかる。推量。億度。
  〔後漢書、李通傳論〕況乃億測微隱、猖狂無妄之福、汗滅親宗、以觖一切之功乎。
【臆測】オクソク
 一人の私意で推しはかる。自分の考へでおしはかる。臆度。

1903年《漢和大字典》は「億測」のみ。1923年《字源》は「億測」「臆測」ともにあるが両方とも後漢書が典拠。
1915年《大日本国語辞典》、1921年《言泉》、1934年《大辞典》等の国語辞典は「億測」「臆測」を一緒に掲げる。
「憶測」の用例
1890年《科學之原理》「之を憶測
1891年《春迺家漫筆》「想像憶測する
1892年《財政通論》「算出スル人ノ憶測


●臆断→憶断
《漢語大詞典》
【臆斷】
 1.憑臆測而下的決斷。
  晉葛洪《抱樸子・微旨》:“世人信其臆斷,仗其短見,自謂所度,事無差錯。
  《梁書・文學傳上・庾肩吾》:“故胸馳臆斷之侶,好名忘實之類,方分肉於仁獸,逞郤克於邯鄲,入鮑忘臭,效尤致禍。
  宋張世南《游宦紀聞》卷七:“世南嘗以語士大夫間,有云恐出臆斷
  清紀昀《閱微草堂筆記・灤陽消夏錄一》:“漢儒或執舊文,過于信傳;宋儒或憑臆斷,勇于改經。
  王力《中國語言學史・全書的結論》:“有些觀點是錯誤的,最突出的是從打破文字的束縛走到另一個極端,輕視文字的社會性,常常歪曲文字所表達的概念,來迎合自己的主觀臆斷
 2.主觀地判斷。
  晉葛洪《抱樸子・明本》:“而管窺諸生,臆斷瞽說。
  唐歐陽詹《懷州應宏詞試片言折獄論》:“豈無獨見而可臆斷
  宋蘇軾《石鐘山記》:“事不目見耳聞,而臆斷其有無,可乎?
  清采蘅子《蟲鳴漫錄》卷一:“未可以《春秋》內所無者,臆斷為無其事也。
  許杰《蟻蛭》:“我們的工作成績,究竟有了什麼結果,自己也不敢臆斷

《大漢和辞典》
【臆斷】オクダン
 一人の私意で決斷すること。臆決。
  〔抱樸子、微旨〕世人信其臆斷、仗其短見。
  〔梁書、文學上、庾肩吾傳〕胸馳臆斷之侶、好名忘實之類。
  〔蘇軾、石鐘山記〕事不目見耳聞、而臆斷其有無可乎。
【億斷】オクダン
 己の心で推し計り、決斷する。億は一に臆に作る。臆斷に同じ。

「憶斷」の用例
1889年《提摩太前後書・提多書・腓利門書註釋》「能力に非ずと憶斷
1892年《蠶絲貿易攺良私議》「使用ニ適セザルモノト憶斷
1897年《連俳小史》「憶斷を以てし、


●臆病→憶病
《大漢和辞典》
【臆病】オクビヤウ
 勇氣がない。小膽。

「憶病」の用例
1880年《童蒙教草》「憶病ノ餘リ
1887年《政海の燈台》「人を憶病ならしむる
1887年《北極旅行 : 万里絶堂》「憶病
1896年《桐一葉》「卑怯憶病


《漢語大詞典》
【憶】
 1.思念;想念。(以下略)
 2.記住;不忘。(以下略)
 3.回憶。(以下略)
 4.臆度。(以下略)
  《論語・先進》:“賜不受命,而貨殖焉,則屢中。
   皇侃義疏引王弼曰:“憶,憶度也。”今本《論語》作“”。
   阮元校勘記:“皇本、高麗本‘億’作‘憶’。按億、憶皆‘意’之俗字。
 5.用同“抑”。抑鬱;抑制。(以下略)

2015/04/07

同音書換9

穎才→英才、才穎→才英、穎秀→英秀、秀穎→秀英


●穎才→英才
《漢語大詞典》
【睿才】
 聰慧超群的才能。
  唐《奉和聖制從蓬萊向興慶閣道中留春雨中春望之作應制》:“已知聖澤深無限,更喜年芳入睿才
【叡才】
 聰慧超人的才能。
  《三國志・魏志・管輅傳》“舉坐驚喜”裴松之注引《管輅別傳》:“持卿叡才,游於雲漢之間,不憂不富貴也。
【英才】
 1.傑出的才智。
  漢孔融《薦禰衡疏》:“淑質貞亮,英才卓礫。
 2.指才智傑出的人。
  《孟子・盡心上》:“得天下英才而教育之,三樂也。

《大漢和辞典》
【穎才】エイサイ
 すぐれたはたらき。又、其の人。
【睿才】エイサイ
 すぐれた才。叡才。
  〔李憕、奉和聖製從蓬萊向興慶閣道中留春雨中春望之作應制詩〕已知聖澤深無限、更喜年芳入睿才
【叡才】エイサイ
 すぐれてさとい才能。
  〔魏志、管輅傳、注〕輅別傳曰、持卿叡才、遊雲漢之閒。
【英才】エイサイ
 すぐれたはたらき。又、すぐれた才能のある人。秀才。
  〔孟子、盡心上〕孟子曰、君子有三樂、云云、得天下英才而敎育之、三樂也。
  〔後漢書、袁紹傳〕故九江大守邊讓、英才儁逸、以直言正色論、不阿諂。
  〔沈佺期、和韋舍人早朝詩〕一經傳舊德、五字耀英才

「英才」の用例
西洋事情初編卷一》(1885)「英才ヲ以テ日新ノ世ニ生レ
日本建築術研究の必要及ひ其研究の方針に就て》(1894)「天禀の英才を以て一世に傑出せん
成功要録》(1899)「勉强は英才の母なり
最近敎育學》(1921)「英才敎育
《広益熟字典》(1874)、《広益熟字典》(1874)、《校正増補漢語字類》(1876)、《必携熟字集》(1879)、《言海》(1889-1891)、《大辞典》(1912)、《大日本国語辞典》(1915-1919)には「英才」しかない。《帝国大辞典》(1896)では「頴才」と「英才」が統合されている。《大辞典》(1934-1936)には「英才・穎才 衆にすぐれたる才能。」「叡才 才能の優秀なること。」とある。


●才穎→才英
《漢語大詞典》
【才穎】
 才能出眾。
  《晉書・潘岳傳》:“岳少以才穎見稱,鄉邑號為奇童,謂終賈之儔也。
  南朝梁劉勰《文心雕龍・通變》:“才穎之士,刻意學文,多略漢篇,師範宋集,雖古今備閱,然近附而遠疏矣。
  清侯方域《南省試策二》:“夫士,苟得其才穎者,亦可矣。
【才英】
 指才華傑出的文人。
  南朝梁劉勰《文心雕龍・指瑕》:“宋來才英,未之或改,舊染成俗,非一朝也。
  南朝梁劉勰《文心雕龍・時序》:“今聖歷方興,文思光被,海岳降神,才英秀發。

《大漢和辞典》
【才穎】サイエイ
 才智が非常にすぐれてゐること。才捷。
  〔晉書、潘岳傳〕岳少以才穎見稱。



●穎秀→英秀
《漢語大詞典》
【穎秀】
 聰明秀異。
  《晉書・謝尚傳》:“〔謝尚〕開率穎秀,辨悟絕倫,脫略細行,不為流俗之事。
  明顧起綸《國雅品・士品四》:“伯兄自少穎秀博覽,過目不忘。
  清李斗《揚州畫舫錄・虹橋錄上》:“〔曹文埴〕族子雲衢,官員外,天資穎秀,豪氣慨爽。
【英秀】
 1.優美;高尚。
  《三國志・吳志・張溫傳》:“溫雖智非從橫,武非虓虎,然其弘雅之素,英秀之德……卓躒冠群。
 2.才能卓越的人。
  晉葛洪《抱樸子・博喻》:“英秀而杖常民者,吾知其不能敘彝倫而臻升平矣。
  唐劉知幾《史通・雜說上》:“孟堅又云:‘劉向、揚雄博極群書,皆服其善敘事。’豈時無英秀,易為雄霸者乎?不然,何虛譽之甚也!
  金党懷英《君錫生子四月八日》詩:“薊山東盤出英秀,政與德門宜子孫。
 3.俊美。
  宋王讜《唐語林・補遺一》:“花奴但英秀過人,悉無此狀,故無猜也。
  宋胡仔《苕溪漁隱叢話後集・張復之》:“《本朝名臣傳》云:‘錢若水額有異骨,山庭月角,姿儀英秀。’
  冰心《斯人獨憔悴》:“頭等車上,憑窗立着一個少年……眉目很英秀

《大漢和辞典》
【穎秀】エイシウ
 さとくひいでてゐること。
  〔陸雲、吳故丞相陸公誄〕頴秀若華、景逸扶桑。
  〔晉書、謝尚傳〕開率穎秀、辨悟絕倫。
【英秀】
 すぐれてひいでる。俊秀。挺秀。英俊。
  〔吳志、張溫傳〕其弘雅之素、英秀之德、文章之采、論議之辨、卓躒冠羣、煒曄曜世。

「英秀」の用例
國譯一切經》(1938)「皆是れ諸方の英秀、一時の傑なり


●秀穎→秀英
《漢語大詞典》
【秀穎】
 1.優異聰穎。
  宋王安石《謝手詔索文字表》:“臣生非秀穎,眾謂迂愚,徒以弱齡粗知強學。
  明李贄《答劉晉川書》:“令郎外似痴而胸中實秀穎,包含大志,特一向未遇明師友耳。
  鄭觀應《盛世危言・技藝》:“庸奴自安愚拙,無一聰明秀穎之士肯降心而相從者。
 2.指優異聰穎之士。
  《三國志・吳志・陸遜傳》:“故大司農樓玄、散騎中常侍王蕃、少府李勗,皆當世秀穎,一時顯器。
【秀英】
 秀美英俊。
  徐遲《三峽記》:“秀英無比,好像飛天捧着潔白的花朵在降向人間。

《大漢和辞典》
【秀穎】シウエイ
 1.禾穂の秀でたのをいふ。轉じて、才が衆人にひいでぬきんでること。
  〔吳志、陸抗傳〕皆當世秀穎
  〔陳書、徐陵傳〕(至德元年)詔曰、弱齡學尚、登朝秀穎
 2.宋、滕茂實の字。
【秀英】シウエイ
 ひいですぐれること。
  〔王炎、賦〕拔類萃兮。

《大日本国語辞典》(1915-1919)には「秀英」しかない。


●叡智→英知
《漢語大詞典》
【睿知】
 見“睿智”。
【睿智】
 亦作“睿知”。聰慧;明智。
  唐韓愈《賀徐州張僕射白兔書》:“事之纖悉,不可圖驗。非睿智博通,孰克究明?
  宋秦觀《代賀太皇太后受冊表》:“恭以太皇太后陛下鍾睿知之資,御休明之運。
  明陳汝元《金蓮記・偕計》:“學富五車,才高八斗;睿智聿超鼠獄,玄明克駕雞碑。
  清王士禛《池北偶談・談故一・土魯番表文》:“皇上睿知天錫,如日升之無不照。
  郭沫若《天地玄黃・歷史的大轉變》:“而在這裏當然也要靠人類的睿智繼續作正確的領導。
【叡知】
 智慧高明。
  《易・繫辭上》:“其孰能與此哉?古之聰明叡知,神武而不殺者夫。
  《呂氏春秋・審時》:“耳目聰明,心意叡知
   高誘注:“叡,明也。
  《宋書・樂志二》:“聰明叡智,聖敬神武。
【叡智】
 見“叡知”。

《大漢和辞典》
【睿知】エイチ
 睿智に同じ。
  〔中庸〕聰明睿知、足以有臨也。
  〔漢書、景十三王、河閒獻王德傳〕諡法曰、聰明睿知曰獻。
【睿智】エイチ
 すぐれてさとい智慧。叡智。
  〔韓詩外傳、三〕聰明睿智者、守之以愚。
  〔韓非子、解老〕聰明睿智天也、動靜思慮、人也。
【叡知】エイチ
 すぐれてさといちゑ。又、其の人。叡智。
  〔易・繫辭上〕古之聰明叡知、神武而不殺者夫。
  〔戰國、趙策〕臣聞此、中國者、聰明叡知之所居也。
  〔莊子、天地〕齧缺之爲人也、聰明叡知
【叡智】エイチ
 1.すぐれてさといちゑ。叡知。
  〔說苑、敬愼〕聰明叡智、而守以愚者益。
  〔呂覽、審時〕耳目聰明、心意叡智
  〔宋書・樂志〕聰明叡智、聖敬神武。
 2.理性。
【英知】エイチ
 すぐれて智慧あるをいふ。英智。
【英智】エイチ
 すぐれて智慧あるをいふ。英知。

「英智」の用例
経世偉勲》(1886)「頓才英智あり
漢籍國字解全書》(1909)「聰明英智の君臣
《広益熟字典》(1874)、《必携熟字集》(1879)、《帝国大辞典》(1896)、《日本新辞林》(1897)には「英智」しかない。

同音書換10

火焔→火炎、気焔→気炎、光焔→光炎、余焔→余炎



●火焔→火炎
《漢語大詞典》
【火燄】
 亦作“火炎”。亦作“火焰”。
 1.物體燃燒時所發的熾熱的光華。
  唐柳宗元《逐畢方文》:“各有攸宅兮,時闔而開;火炎為用兮,化食生財。
  《元史・順帝紀七》:“大名路有星如火,從東南流,芒尾如曳篲,墮地有聲,火燄蓬勃,久之乃息。
  瞿秋白《關於俄羅斯和蘇聯文學的片斷》:“火焰熠熠的飛涌,像火山似的。
 2.喻紅色的花苞。
  唐白居易《題靈隱寺紅辛夷花》詩:“紫粉筆含尖火焰,紅燕脂染小蓮花。芳情香思知多少,惱得山僧悔出家。
 3.喻鮮紅的光彩。
  唐鮑溶《和淮南李相公夷簡喜平淄青回軍之作》:“天際獸旗搖火燄,日前魚甲動金文。
 4.喻激情。
  葉聖陶《倪煥之》十八:“難道戀愛的火焰在她心頭逐漸熄滅了麼?
 5.喻劇烈的鬥爭環境。
  毛澤東《關於正確處理人民內部矛盾的問題》二:“我們的黨和軍隊是在群眾中生了根的,是在長期革命火焰中鍛煉出來的,是有戰鬥力的。
【火焰】
 見“火燄”。
【火炎】
 見“火燄”。

大日本国語辞典》では「火焰」と「火炎」が統合されている。
《大漢和辞典》
【火燄】クワエン
 1.ほのほ。火焰。
  〔阮籍、樂論〕楚越之風好勇、故其俗輕死、鄭衞之風好淫、故其俗輕蕩、輕死、故有火燄赴水之歌、輕蕩、故有桑閒濮上之曲。
  〔白居易、山石榴寄元九詩〕日射血珠將滴地、風飜火燄欲燒人。
  〔元史、順帝紀七〕大名路有星如火、從東南流、芒尾如曳篲、墮地有聲、火燄蓬勃、久之乃息、化爲石、青黑色光瑩、形如狗頭。
 2.山名。(以下略)
 3.峯の名。(以下略)
【火焰】クワエン
 火燄の1に同じ。
  〔唐高僧傳〕火焰發。
【火炎】クワエン
 1.火がもえる。又、火のほのほ。
  〔柳宗元、逐畢方文〕火炎爲用兮、化食生財。
 2.演劇用冠物の一種。附邊に斜角をつけ、絨球を飾つたもの。

「火炎」の用例
煉瓦屑ニテ製シタルコンクリートノ強力》(1887)「製造塲モ火炎ニ包マレテ
眞書太閤記》(1893)「火焰にはかに紅いろを增し」「火炎に驚き
寒山詩講義》(1899)「心の中の火炎
一休禅師頓智笑談》(1914)「不動の火炎
複合語
列強戦時財政経済政策》(1918)「火焰放射器
チェッコ・スロヴァキア共和国の刑法典草案及同理由書》(1927)「火炎放射器
川柳江戸名物》(1926)「火熖
川柳江戸名物》(1926)「火炎


●気焔→気炎
《漢語大詞典》
【氣燄】
 亦作“氣焰”。
 1.原指開始燃燒、尚未成勢的火焰。常以比喻人或其他事物的威勢、聲勢。
  《左傳・莊公十四年》:“人之所忌,其氣燄以取之。
  《新唐書・丘和傳贊》:“帝王之將興,其威靈氣燄有以動物悟人者。
  宋文瑩《玉壺清話》卷一:“呂公神彩氣燄略無少虧。
  清袁枚《隨園詩話》卷八:“許爁者名坤,杭州人,在京師頗有氣燄
  梁啟超《生計學學說沿革小史》第三章:“當時宗教之氣燄極盛,生計制度一切皆受其影響。
 2.指詩文的氣勢和力量。
  宋朱熹《五朝名臣言行錄》卷四:“〔寇準〕好為詩,警策清悟,有劉夢得、元微之風格,其氣燄奇拔,則又過之。
  《朱子語類》卷一○六:“董仲舒、匡衡、劉向諸人文字皆善弱無氣燄
【氣焰】
 見“氣燄”。
【氣炎】
 同“氣燄”。
  《漢書・藝文志》:“人之所忌,其氣炎以取之,訞由人興也。
   顏師古注:“炎謂火之光始燄燄也,言人之所忌,其氣燄引致於災也。炎,讀與‘燄’同。
 參見“氣燄”。

大日本国語辞典》では「氣焰」のみ。
《大漢和辞典》
【氣燄】キエン
 火の燃え上るさま、氣炎。氣焰。
 1.心が堅正でない喩。
  〔左氏、莊、十四〕人之所忌、其氣燄以取之、妖由人興也。
   〔注〕尚書洛誥、無若火始燄燄、未盛而進退之時也、以喩人心不堅正。
 2.勢の盛な喩。意氣の盛なこと。又、意氣。氣勢。
  〔唐書、劉弘基等傳贊〕其威靈氣燄、有以動物悟人者。
  〔土屋鳳洲、西鄕南洲傳〕私學生徒、氣焰漸熾。

「気炎」の用例
上野合戦》(1894)「気炎を吐く
比律賓群島》(1896)「氣炎勢力
火及火災》(1913)「陽炎氣炎の如き」「虹の如き気焰
紅葉より小波へ》(1920)「気炎を吐いて居た


●光焔→光炎
《漢語大詞典》
【光爓】
 光焰。
  漢班固《西都賦》:“發五色之渥彩,光爓朗以景彰。
  清黃景仁《題汪松溪遺集》詩:“文人傳否生未必,要在光爓能常存。
【光燄】
 見“光焰”。
【光焰】
 亦作“光燄”。
 1.火焰;火光。
  《朱子語類》卷五:“譬如這火,是因得脂膏,便有許多光燄
  清蔣一葵《長安客話・玉脂燈臺》:“琉球進玉脂鐙臺,油一兩,可照十夜,光燄鑒人毛髮,風雨塵埃皆不能侵。
  茅盾《子夜》十五:“板桌上的洋油燈只有黃豆大小的一粒光焰
 2.光輝;光芒。
  宋梅堯臣《喜謝師厚及第》詩:“南方朱鳥目,光焰令人驚。
  明劉若愚《酌中志・內臣佩服紀略》:“惟逆賢之服,奢僭更甚,及籍沒皆賞給鍾鼓司,凡承應則穿之,光焰耀目。
  瞿秋白《關於高爾基的書》:“新的文學--普洛文學也在高爾基的周圍放着萬丈的光焰了。
 3.比喻權勢熾盛。
  明沈德符《野獲編・嗤鄙・臠婿》:“趙幼女甫笄,才而豔……適會元蔡茂春室人亦亡,慕趙光燄,託媒為道地,趙喜甚,蔡遂委禽為贅婿。
 4.佛像後飾有火焰圖案的襯障。
  《南史・夷貊傳上・扶南國》:“董宗之採珠沒水底,得佛光燄,交州送臺,以施於像,又合焉。
【光炎】
 火光;光芒。
  《韓詩外傳》卷一:“日月不高,則所照不遠;水火不積,則光炎不博。
  《後漢書・任光傳》:“使騎各持炬火,彌滿澤中,光炎燭天地。

大日本国語辞典》では「光燄」のみ。
《大漢和辞典》
【光爓】クワウエン
 ひかりとほのほ。燃え光るほのほ。光炎に同じ。
  〔班固、西都賦〕發五色之渥彩、光爓朗以景彰。
【光燄】クワウエン
 ひかりとほのほ。燃え光るほのほ。光炎・光焰に同じ。
  〔朱子語類、性理〕理與氣合、便能知覺、譬如這燭光、是因得這脂膏、便有許多光燄
【光焰】クワウエン
 1.ひかりとほのほ。燃え光るほのほ。光炎に同じ。
  〔陸游、詩〕蒙恩置三館、寒灰忽光焰
 2.[佛]佛像の背光。
  〔南史、扶南國傳〕沒水底、得佛光焰
【光炎】クワウエン
 ひかりとほのほ。燃え光るほのほ。光焰。光燄。光爓。
  〔韓詩外傳、一〕水火不積、則光炎不博。
  〔後漢書、任光傳〕使騎各持炬火、彌滿澤中、光炎燭天地。
  〔張衡、西京賦〕光炎燭天庭、囂聲震海浦。

「光炎」の用例
俳諧史傳》(1894)「爆發して千万丈の光炎を吐き
各種ノ驗糖器》(1898)「明赫ノ光炎ニ向クルトキ
伊豆大島三原山噴火概報》(1915)「夜間ハ其ノ光炎天二映ジ
浄土教の起原及発達》(1930)「光焰」「光炎


●余焔→余炎
《漢語大詞典》
【餘炎】
 1.殘暑。
  南朝梁簡文帝《答定襄侯餉臥簟書》:“三伏餘炎,九折成用,便可旅食南館,高臥北窗。
 2.指餘下的氣焰。
  魯迅《准風月談・二丑藝術》:“他明知道自己所靠的是冰山,一定不能長久,他將來還要到別家幫閑,所以當受着豢養,分着餘炎的時候,也得裝着和這貴公子並非一夥。

大日本国語辞典》では「餘炎」のみ。
《大漢和辞典》
【餘炎】
 もえ殘りのほのほ。又、殘つてゐるあつさ。残暑。
  〔梁𥳑文帝、答定襄侯餉臥簟書〕三伏餘炎、九折成用、便可旅食南館、高臥北窗。

2015/04/06

同音書換8

安佚→安逸、驕佚→驕逸、散佚→散逸、放佚→放逸


●安佚→安逸
《漢語大詞典》
【安佚】
 安樂舒適。
  《孟子・盡心下》:“孟子曰:‘口之於味也,目之於色也,耳之於聲也,鼻之於臭也。四肢之於安佚也,性也,有命焉,君子不謂性也。’
  《漢書・司馬相如傳下》:“終則遺顯號於後世,傳土地於子孫,事行甚忠敬,居位甚安佚,名聲施於無窮,功烈著而不滅。
   顏師古注:“佚,樂也。
  唐韓愈《上張僕射第二書》:“馬之與人,情性殊異。至于筋骸之相束,血氣之相持,安佚則適,勞頓則疲者,同也。
  清劉獻廷《廣陽雜記》卷一:“四體之即安佚,人之情也。
【安逸】
 1.安閑舒適。
  《莊子・至樂》:“所苦者,身不得安逸,口不得厚味,形不得美服,目不得好色,耳不得音聲。
  晉袁宏《後漢紀・明帝紀》:“君靜於上,臣順於下,大化潛通,天下交泰,群臣安逸,自求多福。
  明羅貫中《風雲會》第三摺:“今夜天氣甚寒,不求安逸,冒雪而來,卻是為何?
  杜鵬程《保衛延安》第一章:“當官的騎在馬上,一搖一晃地舞動馬鞭子,好安逸呀,簡直像游山玩水哩!
 2.安穩,太平無事。
  《宋書・索虜傳》:“今者域內安逸,百姓富昌,軍國異容,宜定制度,為萬世之法。
  《紅樓夢》第九八回:“寶玉和你們姑娘生來第一件大事,況且費了多少周折,如今才得安逸,必要大家熱鬧幾天,親戚都要請的。
  劉白羽《崑侖山上的太陽》:“蘭州的黃河未免太安逸平靜了。

《大漢和辞典》
【安佚】アンイツ
 安んじたのしむ。身體を勞せずして遊び居ること。安逸。安肆。
  〔孟子、盡心下〕四肢之於安佚也、性也。’
  〔漢書、司馬相如傳〕事行甚忠敬、居位甚安佚
   〔注〕師古曰、佚、樂也、讀與逸同。
【安逸】アンイツ
 安んじたのしむ。安佚に同じ。
  〔莊子、至樂〕身不得安逸
  〔後漢書、輿服志〕民物安逸、若道自然。
  〔潘岳、射雉賦〕何斯藝之安逸

「安逸」の用例
民間経済録》(1880)「心身ヲ安逸ニシテ
亜比斯尼亜国王子刺西拉斯経歴史》(1890)「王子却テ安逸ヲ憂フ
飛翔せる鳥の足の位置》(1896)「自然の安逸にあらず
《広益熟字典》(1874)、《必携熟字集》(1879)、《ことばの泉:日本大辞典》(1898)には「安逸」しかない。
《大増補漢語解大全》(1874)には「安逸 ラクスル」「安佚 ラクスル」とある。《大辞典》(1912)、《言泉》(1922)では「安逸」「安佚」が統合されている。《大辞典》(1934-1936)には「安佚 安逸にも作る。」とある。


●驕佚→驕逸
《漢語大詞典》
【驕佚】
 見“驕逸”。
【驕逸】
 亦作“驕佚”。
 1.驕縱放肆。
  《國語・周語中》:“蠻夷戎狄之驕逸不虔,於是乎致武。
  晉袁宏《後漢紀・章帝紀上》:“延(阜陵王劉延)奢泰驕佚,待下嚴刻。
  明劉基《悲杭城》詩:“割膻進酒皆俊郎,呵叱閑人氣驕逸
  清朱彝尊《瓦井》詩:“當時崇國師,此輩盡驕佚
 2.驕奢安逸。
  《左傳・成公六年》:“國饒則民驕佚
  《漢書・高惠高后文功臣表》:“子孫驕逸,忘其先祖之艱難。
  唐康駢《劇談錄・洛中豪士》:“每見其飲食,窮極水陸滋味。常饌必以炭炊,往往不愜其意。此乃驕逸成性。
  清梅曾亮《黃個園傳》:“六十年豐豫之後,商人皆席富厚,樂驕逸,恢調舞歌。
  《東周列國志》第五回:“教子須知有義方,養成驕佚必生殃。

《大漢和辞典》
【驕佚】ケウイツ
 おごつてあそびおこたる。きままにあそびたのしむ。
  〔左氏、成、六〕夫山澤林盬、國之寶也、國饒則民驕佚、近寶、公室乃貧、不可謂樂。
   〔注〕財易致則民驕侈。
【驕逸】ケウイツ
 おごつておこたる。驕佚に同じ。
  〔國語、周語中〕蠻夷戎狄之驕逸不虔。
  〔書・高惠皇后文后功臣表〕子孫驕逸、忘其先祖之艱難。
  〔魏志、武文世王公、中山恭王袞傳〕驕逸之失諸賢。

「驕逸」の用例
大日本地震史料》(1904)「日頃遊惰驕逸の輩
《漢語字類》(1869、増補1876)、《大増補漢語解大全》(1874)、《必携熟字集》(1879)、《大辞典》(1912)、《言泉》(1922)には「驕逸」しかない。《大辞典》(1934-1936)には「驕佚 おごりてあそびにふけること。」「驕逸 おごりたかぶって安逸を貪ること。」とある。


●散佚→散逸
《漢語大詞典》
【散佚】
 散失。
  唐劉知幾《史通・古今正史》:“會董卓作亂,大駕西遷,史臣廢棄,舊文散佚
  明劉若愚《酌中志・見聞瑣事雜記》:“所蓄書籍法帖盡散佚一空。
  阿英《關於瞿秋白的文學遺著》:“關於秋白的遺著,散佚的實在太多。
【散軼】
 1.散失。
  宋王應麟《困學紀聞・評文》:“韓文公有答,今亦不傳,則遺文散軼多矣。
  明徐一夔《<郁離子>序》:“其子仲璟,懼其散軼,以一夔於公有相從之好,俾為之序。
  清張泰來《<江西詩社宗派圖錄>序》:“余以老耄失學,藏書散軼,抱甕之暇,無以自娛。
 2.指散失之物。
  清戴名世《<杜溪稿>序》:“余將歸隱故山……尚欲羅網散軼,一酬曩昔之志。
【散逸】
§I
 1.流散。
  漢蔡邕《玄文先生李休碑》:“自戰國及漢,名臣繼踵,支胄散逸
  《文選・潘岳<西征賦>》:“街里蕭條,邑居散逸
   呂延濟注:“散逸,無人也。
  《北史・儒林傳下・樂遜》:“尋而山東寇亂,學者散逸
 2.散失。
  《南史・徐勉傳》:“及文憲薨,遺文散逸
  宋曾鞏《請改官制前預令諸司次比整齊架閣版籍等事札子》:“其於督察漏略,檢防散逸彌綸之體,不可不早有飭戒。
  鄭振鐸《海燕・蝴蝶的文學三》:“這些劇本現在都已散逸,所可見到的只有《今古奇觀》第二十回《莊子休鼓盆成大道》一篇東西。
§II
 1.閑散隱逸。
  《梁書・忠壯世子方等傳》:“少聰敏,有俊才,善騎射,尤長巧思。性愛林泉,特好散逸
  元辛文房《唐才子傳・李建勛》:“年已八十,志尚散逸,多從僊侶參究玄門。
  清吳敏樹《寬樂廬記》:“然彼時以為建林雖性通少滯,亦會其身之所遇,便自散逸而然耳。
 2.猶飄逸。
  唐王貞白《洗竹》詩:“錦籜裁冠添散逸,玉芽修饌稱清虛。

《大漢和辞典》
【散佚】サンイツ
 散軼に同じ。
【散軼】サンイツ
 ちらばる。なくなる。散逸する。
  〔困學紀聞、評文〕食蝦蟇詩、韓文公有答、今亦不傳、則遺文散軼多矣。
【散逸】サンイツ
 1.ちりうせる。散失。散亡。散軼。散佚。
  〔蔡邕、李子材碑〕名臣繼踵、支胄散逸
  〔顏子家訓、雜藝〕梁氏祕閣散逸以來、吾見二王眞草多矣。
  〔潘岳、西征賦〕街里蕭條、邑居散逸
   〔注〕濟曰、散逸、無人也。
  〔北史、儒林下、樂遜傳〕山東寇亂、學者散逸
 2.仕事が無い。ひま。閑散で隱逸。
  〔南史、梁元帝諸子、忠烈世子方等傳〕性愛林泉、特好散逸
  〔王貞白、洗竹詩〕錦籜裁冠添散逸、玉芽脩饌稱清虛。

「散逸」の用例
通俗国権論》(1878)「散逸したるもの
温氣暖室法》(1887)「熱ノ散逸ヲ防グ
児童矯弊論》(1900)「思想散逸
《漢語字類》(1869、増補1876)、《広益熟字典》(1874)、《大増補漢語解大全》(1874)、《必携熟字集》(1879)、《ことばの泉:日本大辞典》(1898)には「散逸」しかない。《言海》(1889-1891)、《帝国大辞典》(1896)、《日本新辞林》(1897)、《大辞典》(1912)、《大日本国語辞典》(1915-1919)、《言泉》(1922)、《大辞典》(1934-1936)では「散逸」「散佚」が統合されている。


●放佚→放逸
《漢語大詞典》
【放佚】
 1.散失。
  《禮記・月令》:“〔仲冬之月〕農有不收藏積聚者,馬牛畜獸有放佚者,取之不詰。
  清曾國藩《<朱慎甫遺書>序》:“君之於學,其可謂篤志而不牽於眾好者矣。惜其多有放佚,如《大易粹言》、《春秋本義》、《三傳備說》諸篇,今都不可見。
 2.放縱不受約束。
  漢桓寬《鹽鐵論・刑德》:“網疏則獸失,法疏則罪漏。罪漏則民放佚而輕犯禁。
  唐白居易《讀張籍<古樂府>》詩:“讀君學仙詩,可諷放佚君。
  清方苞《書孝婦魏氏詩後》:“近世士大夫百行不怍,而獨以出妻為醜,閭閻化之,由是婦行放佚而無所忌。
  吳組緗《菉竹山房》:“這幕才子佳人的喜劇鬧了出來,人人誇說的繡蝴蝶的小姐一時連丫頭也要加以鄙夷。放佚風流的叔祖雖從中盡力撮合周旋,但當時究未成功。
【放軼】
 1.缺遺;散失。
  宋陸游《吏部郎中蘇君墓志銘》:“其於官名、地里、軍制、民賦,雖甚細微,皆能講畫窮盡,無所放軼
  明胡應麟《少室山房筆叢・史書佔畢一》:“史百代者,蒐羅放軼難矣,而其實易也。
 2.放蕩不羈。
  明陳子龍《<七錄齋集>序》:“故文士則騁其放軼,薦紳則樂其便近。
【放逸】
 1.放縱逸樂。
  《逸周書・時訓》:“蜩不鳴,貴臣放逸
   朱右曾校釋:“放逸,放縱晏佚。
  清王錫振《<嬃砧課誦圖>序》:“日惴惴於悲思憂戚之中,不敢稍自放逸
 2.豪放不羈。
  《南史・張充傳》:“言論放逸,一坐盡傾。
  元辛文房《唐才子傳・于鵠》:“有詩甚工,長短間作,時出度外,縱橫放逸,而不陷于疏遠,且多警策。
  清嚴有禧《漱華隨筆・文三橋》:“意氣放逸,旁若無人。
 3.離散;失散。
  《漢書・外戚傳上・孝武李夫人》:“忽遷化而不反兮,魂放逸以飛揚。
  北齊劉晝《新論・防欲》:“人有牛馬放逸不歸,必知收之。
  宋曾鞏《<陳書目錄>序》:“世統數更,史事放逸
  明李東陽《<嘉興府志>序》:“東漢以降,記載日益繁,而放逸磨滅,不可勝計。
 4.佛教謂不守佛門規矩。
  唐白居易《東都聖善寺缽塔院主智如和茶毗幢記》:“大師自出家至即世……施法行化者五十五載,而身相長大,面相端嚴,心不放逸,口無戲論。

《大漢和辞典》
【放佚】ハウイツ
 1.ほしいままにはなつ。
  〔禮、月令〕(仲冬之月)馬牛畜獸、有放佚者、取之不詰。
 2.ほしいままなこと。きままなこと。放恣。放逸に同じ。
  〔新語、懷慮〕身死於凡人之手、爲天下所笑者、乃由辭語不一、而情欲放佚故也。
  〔正法念經〕放佚過、一切過中最爲勝上。
【放逸】ハウイツ
 1.ほしいまま。わがまま。きまま。自墮落。放肆。放恣。放縱。
  〔逸周書、時訓解〕又五日半夏生、云云、蜩不鳴、貴臣放逸
  〔列子、楊朱〕意之所欲爲者、放逸而不得行、謂之閼往。
  〔漢書、外戚上、孝武李夫人傳〕放逸以飛揚。
  〔後漢書、仲長統傳〕放逸、而赴束縛、夫誰肯爲之者邪。
 2.[佛]規矩を守らないこと。大煩惱地法の一として、二十隨煩惱の一に數へる。
  〔大乘義章、二〕離善方便、名放逸

《易林本節用集》(1597)、《書言字考節用集》(1717)、《大全早字引節用集 : 増補再刻》(1870)、《大全早引節用集 : 開化新増》(1880)、《ことばの泉:日本大辞典》(1898)には「放逸」しかない。《必携熟字集》(1879)には「放佚 キママ」「放逸 ワガママ」とある。《大辞典》(1912)では「放逸」の後に「放佚 前ト同ジ語。」「放軼 前ト同ジ語。」とある。《大日本国語辞典》(1915-1919)、《大辞典》(1934-1936)では「放逸」「放佚」が統合されている。

同音書換7

佚書→逸書、佚文→逸文、佚遊→逸遊、佚楽→逸楽


●佚書→逸書
《漢語大詞典》
【佚書】
 1.特指古文《尚書》。因西漢時出自孔子舊宅壁中,未立博土傳授,故稱。
 2.泛指散失的書籍。
  胡適《<國學季刊>發刊宣言》:“翻刻古書孤本之外,還有輯佚書一項。
【逸書】
 1.特指古文《尚書》。因西漢時出自孔子舊宅壁中,未立博士傳之,故名。
  唐劉知幾《史通・古今正史》:“至於後漢,孔氏之本遂絕。其有見於經典者,諸儒皆謂之《逸書》。
  宋歐陽修《日本刀歌》:“徐福行時書未焚,《逸書》百篇今尚存。
  章炳麟《訄書・清儒》:“而仁和邵懿辰,為《尚書通義》、《禮經通論》,指《逸書》十六篇、《逸禮》三十九篇為劉歆矯造。
 2.泛指散佚失傳的書籍。
  宋徐積《和路朝奉新居》之九:“都無長物垂空橐,卻有閑房聚逸書
  魯迅《集外集・選本》:“〔《世說新語》〕被清代學者所寶重,自然因為注中多有現今的逸書,但在一般讀者,卻還是為了本文。

《大漢和辞典》
【逸書】イツショ
 1.漢初伏生が傳へた二十九篇以外の古文尚書。(以下略)
 2.世にあらはれぬ書。散逸した書。(以下略)

《大日本国語辞典》(1915-1919)、《言泉》(1922)、《大辞典》(1934-1936)には「逸書」しかない。


●佚文→逸文
《漢語大詞典》
【佚文】
 散失的文辭或篇什。
  漢王充《論衡》有《佚文》。
  田北湖《論文章源流》:“大抵術數之學,述自口說,筆削尤多,古意佚文,得其髣彿而已。
  《中國小說史稿》第三章第三節:“這些書在當時頗為流行,現在大都已失傳,佚文散見於古籍,經魯迅先生輯錄編入《古小說鉤沈》中。
【逸文】
 指散失的文章或文字。
  晉郭璞《<注山海經>敘》:“庶幾令逸文不墜於世,奇言不絕於今。
  唐皇甫湜《編年紀傳論》:“必舉其大綱,而簡序事,是以多闕載,多逸文
  清葉廷琯《吹網錄・<史通>削繁序誤》:“蓋《困學紀聞》曾載《莊子》逸文,故潛邱補之也。
  魯迅《中國小說史略》第三篇:“然唐宋人所引逸文,又有與今本《鬻子》頗不類者,則殆真非道家言也。

《大漢和辞典》
【佚文】イツブン
 1.脫文。逸文に同じ。
 2.論衡の篇名
【逸文】
 1.すぐれた文章。名文。
  〔郭璞、山海經序〕庶幾令逸文不墜於世、奇言不絕于今。
 2.散逸した文字文章。又、書き落した文章。佚文。
  〔皇甫湜、編年紀傳論〕是以多闕載多逸文

《大辞典》(1912)、《大日本国語辞典》(1915-1919)、《言泉》(1922)、《大辞典》(1934-1936)には「逸文」しかない。


●佚遊→逸遊
《漢語大詞典》
【佚游】
 亦作“佚遊”。
  《論語・季氏》:“樂驕樂,樂佚遊,樂宴樂,損矣。
   何晏集解引王弼曰:“佚遊,出入不知節也。
  《漢書・杜欽傳》:“防奢泰,去佚游
  宋周煇《清波雜志》卷四:“此固知非典語,亦切中後生佚游迷而不返之病。
  《東周列國志》第七十回:“佚遊不返,國虛無備。
  梁啟超《中國改革財政私案・附・八旗生計問題》:“而此項旗民久耽佚游,不解治產,所得恩俸恩餉,旋即蕩盡。
【佚遊】
 見“佚游”。
【逸游】
 見“逸遊”。
【逸遊】
 亦作“逸游”。
  漢韋孟《諷諫》詩:“邦事是廢,逸游是娛。
  《漢書・五行志上》:“天戒若曰:去貴近逸遊不正之臣,將害忠良。
  南朝梁蕭統《鍾山解講》詩:“非曰樂逸遊,意欲識箕潁。
  唐沈既濟《任氏傳》:“崟姻族廣茂,且夙從逸遊,多識美麗。
   遊,一本作“游”。
  金王若虛《臣事實辨》:“古人以家四海為言者多矣,事雖不同,率皆以廓人主之大度而破偏狹之心,而蕭何以之啟奢靡,姚崇以之勸逸游
《漢語大詞典》は用例を並べるだけで意味が書かれていない。
《大漢和辞典》
【佚游】イツイウ
 氣ままにあそぶこと。佚遊に同じ。
  〔漢書、杜欽傳〕防奢泰、去佚游
  〔晉書、愍懷太子傳論〕耽苑囿之佚游
【佚遊】イツイウ
 氣ままにあそぶこと。漫遊。逸遊。佚游。
  〔論語、季氏〕樂驕樂、樂佚遊
   〔集解〕王肅曰、佚遊、出入不節。
   〔集注〕佚遊、則惰慢、惡聞善。
【逸游】イツイウ
 きままに遊ぶ。逸遊に同じ。
  〔漢書、武五子、廣陵厲王胥傳〕胥壯大好倡樂逸游、力扛鼎。
  〔後漢書、梁冀傳〕逸游自恣。
  〔韋孟、諷諫詩〕邦事是廢、逸游是娛。
【逸遊】イツイウ
 ほしいままに遊ぶ。きままに遊ぶ。樂しみあそぶ。佚遊。
  〔漢書、五行志上〕去貴近逸遊不正之臣、將害忠良。
  〔後漢書、逸民、漢隂老父傳〕今子之君、勞人自縱、逸遊無忌。

《漢語字類》(1869、増補1876)、《広益熟字典》(1874)、《帝国大辞典》(1896)、《日本新辞林》(1897)、《ことばの泉:日本大辞典》(1898)、《大辞典》(1912)には「逸遊」しかない。《大増補漢語解大全》(1874)には「佚遊 ヲゴリアソブ」「逸遊 ナマケテアソブ」とある。《必携熟字集》(1879)には「佚遊 ナマケル」「逸遊 キママニアソブ」とある。《大日本国語辞典》(1915-1919)、《言泉》(1922)、《大辞典》(1934-1936)では「逸遊」「佚遊」が統合されている。


●佚楽→逸楽
《漢語大詞典》
【佚樂】
 1.悠閑安樂。
  《商君書・算地》:“羞辱勞苦者,民之所惡也;顯榮佚樂者,民之所務也。
  《漢書・李廣傳》:“李將軍極簡易,然虜卒犯之,無以禁;而其士亦佚樂,為之死。
   顏師古注:“‘佚’與‘逸’同。逸樂,謂閑豫也。
  宋蘇轍《北狄論》:“然至於其所以擁護親戚,休養生息,畜牛馬,長子孫,安居佚樂而欲保其首領者,蓋無以異於華人也。
  丁玲《阿毛姑娘》五:“現在她把女人看得一點也不神奇,以為都像她一樣,只有一個觀念,一種為虛榮為圖佚樂生出的無止境的欲望。
 2.指使悠閑安樂。
  《管子・牧民》:“民惡憂勞,我佚樂之;民惡貧賤,我富貴之。
【逸樂】
 閑適安樂。
  《國語・周語中》:“今陳國道路不可知,田在草間,功成而不收,民罷於逸樂,是棄先王之法制也。
  漢王充《論衡・自紀》:“逸樂而欲不放,居貧苦而志不倦。
  宋范成大《館娃宮賦》:“惜也未聞大道,宜逸樂而志荒。
  《剪燈新話・龍堂靈會錄》:“可與共患難,不可與同逸樂
  丁玲《韋護》第三章:“他怠惰了,逸樂了,他對他的信仰,有了不可饒恕的不忠實。

《大漢和辞典》
【佚樂】イツラク
 あそびたのしむ。逸樂。
  〔列子、說符〕有道者之妻子、皆得佚樂
  〔韓非子、外儲說右下〕有術以御之、身處佚樂之地、又致帝王之功也。
  〔呂覽、長利〕名顯榮、實佚樂
  〔管子、牧民〕民惡憂勞、我佚樂之。
  〔史記、李將軍傳〕不識曰、李廣軍極𥳑易、然虜卒犯之、無以禁也、而其士卒亦佚樂、咸樂爲之死。
【逸樂】イツラク
 遊びたのしむ。
  〔國語・周語中〕民罷於逸樂
  〔晏子、諫、上〕行安𥳑易、身安逸樂
  〔呂覽、觀世〕聞爲有道者妻子、皆得逸樂
  〔史記、伯夷傳〕若至近世、操行不軌、專犯忌諱、而終身逸樂富厚、累世不絕。
  〔司馬相如、難蜀父老文〕始於憂勤、而終於逸樂

《大辞典》(1912)、《大日本国語辞典》(1915-1919)、《大辞典》(1934-1936)には「逸樂」しかない。《言泉》(1922)では「逸樂」「佚樂」が統合されている。

2015/03/27

同音書換6

ながい


●按分→案分
《漢語大詞典》には両方ともない。
大日本国語辞典》には「按分」「按分比例」のみ。
《大漢和辞典》も「按分」「按分比例」のみ。
「案分」の用例
新撰算術》(1903)「案分比例
軍人学生二十世紀算術》(1905)「案分比例
本邦産建築石材雜記》(1913)「尚ほ才石の大さを區別し其割合を案分すれば


●按排→案配
《漢語大詞典》
【安排】
 1.聽任自然的變化。
  《莊子・大宗師》:“造適不及笑,獻笑不及排,安排而去化,乃入於寥天一。
   郭象注:“安於推移而與化俱去,故乃入於寂寥而與天為一也。
  宋王安石《和微之登高齋》:“餘年無歡易感激,亦愧莊叟能安排
 2.謂施以心思人力。與純任自然、不加干預相對而言。
  宋周煇《清波雜志》卷九:“積從胡瑗學,一見異待之,嘗延食中堂,二女子侍立,將退,積問曰:‘門人或問見侍女否,何以答之?’瑗曰:‘莫安排。’積聞此言省悟,所學頓進。
  宋陸游《兀坐久散步野舍》詩:“先師有遺訓,萬事忌安排
  清錢謙益《病榻消寒雜詠》之二七:“由來造物忌安排,遮莫殘生事事乖。
 3.安置;妥善布置。
  唐李中《竹》詩:“閑約羽人同賞處,安排棋局就清涼。
  宋陳與義《春日》詩:“忽有好詩生眼底,安排句法已難尋。
  元無名氏《賺蒯通》第二摺:“安排着香餌把鱉魚釣,准備着窩弓將虎豹射。
  《醒世恒言・兩縣令競義婚孤女》:“高公安排兩乘花花細轎,笙簫鼓吹,迎接兩位新人。
  清李漁《意中緣・毒誆》:“且放懷,喜得同舟共濟,把巧計安排
  趙樹理《楊老太爺》:“吃過了飯,鐵蛋的媽給鐵蛋安排日程:‘今天夜裏淘一點麥子,明天前晌曬曬,後晌磨磨,後天蒸幾籠饅頭。’
 4.打算,准備。
  《元詩紀事》卷六引元王義山詩:“滿斟綠斝安排醉,牢裹烏紗照顧吹。
  清李漁《玉搔頭・奸圖》:“天子離鄉,安排坐御床。
  清龔自珍《己亥雜詩》之二一一:“安排寫集三千卷,料理看山五十年。
 5.猶整治。
  元楊景賢《西游記》第一本第一摺:“夫人,夜來我買得一尾金色鯉魚,欲要安排他,其魚忽然眨眼。
  《古今小說・新橋市韓五賣春情》:“教八老買兩個豬肚磨凈,把糯米、蓮、肉灌在裏面,安排爛熟。
  明周履靖《錦箋記・怨寡》:“如今專事兇殘,安排奴婢。
  《儒林外史》第四十回:“彼人一定是安排了我父親,再來和我歪纏。
【鹽梅】
 1.鹽和梅子。(以下略)
 2.調和;和諧。
  南朝梁劉勰《文心雕龍・聲律》:“聲得鹽梅,響滑榆槿。
  宋蘇轍《除馮京彰德軍節度使制》:“和而不同,性有鹽梅之德。
 3.鹽花梅漿。可用以擦洗銀器。(以下略)
 4.白梅的異名。見明李時珍《本草綱目・果一・梅》。

大日本国語辞典》では「安排」と「鹽梅」が統合されている。
《大漢和辞典》
【安排】アンバイ アンパイ
 1.物のあるがままに安んずる。
  〔莊子、大宗師〕造適不及笑、獻笑不及排、安排而去化、乃入於寥天一。
   〔注〕排者、推移之謂、云云、安於推移、而與化倶去、故乃入于寂寥、而與天爲一也。
 2.ほどよくすゑ幷べる。よい工合に處置する。程よく加減する。
  〔謝靈運、晩出西射堂詩〕安排徒空言、幽獨賴鳴琴。
  〔孟郊、石淙詩〕弱力謝剛健、蹇策貴安排
  〔白居易、諭友詩〕推此自豁豁、不必待安排
【按排】アンパイ
 程よく物事の順を定めならべる。適宜にかげんをする。鹽梅。安排の2に同じ。
【鹽梅】エンバイ アンバイ
 1.味をよい程に加減する。(以下略)
 2.うめぼし。(以下略)
 3.物事を程よく調和すること。又、其の加減。具合。

「按配」の用例
聖路易萬國博覽會に建設すべき日本特別舘に對する私見》(1903)「結搆按配
秋螢に就て》(1904)「按配は、生活上餘程大切なる事項と見へる。
慶応義塾出身名流列伝》(1909)「本店支店事務員の按配を行ふに際し
最新学校衛生学》(1910)「課業ノ按配
「案排」の用例
清酒中「サリチール」酸ト共存セル安息香酸ヲ分離檢出スル法》(1906)「案排工夫
先月來新聞雑誌に出でたる建築に關係ある事項一束》(1908)「各館の案排測量は勿論
先月來新聞雜誌に出でたる議院建築に關する事項》(1910)「各室の案排
光線と醫療》(1914)「照射量を適當に案排する
「案配」の用例
ボルボックスの趨光性(二)》(1904)「同じやうな案配に」
第七回萬國建築大會概況(四)》(1908)「狹少ならしむる樣に案配する」
白中黄記》(1914)「真面目を緩和する滑稽の案配
富士瓦斯紡績株式會社の動力につきて》(1915)「出來時期等を適當に案配し」